(財)日本放送教育協会(1997)『マルチメディア時代の番組・教育ソフト研究報告 書(2年次)』NHK学校放送番組部からの受託研究、分担執筆

4 提案番組の利用促進システム(案)



4ー1 利用促進システム(案)の前提


 利用促進システム(案)の目指すものは質的な利用促進である。利用促進とは、一般的には、少しでも多くの人に番組を利用してもらうための方策を考えるこ とを意味し、具体的には、番組利用率などの指標の上昇に現れる量的な利用促進、水平方向の延びを示す。しかし、本プロジェクトにおける提案番組に付随する 利用促進システム(案)の目指すところは「なるべく多くの教師になるべく多くの番組を利用してもらう」ことではなく、高度な利用法を広めていくことを念頭 に、いわば制作者が準備が不十分な番組を流したときに「怖い」存在になるような教師の輪を広げることを目標とする。制作者が望むような、番組の可能性を最 大限に引き出してくれるような利用をしてくれる教師の輪を広めることを目指す。
 本提案番組は、学校教育に変革を迫るメッセージを秘めている。具体的には、教科の授業に総合学習的な要素を持ち込み、授業の目標を、知識の習得から学習 技能の習得に視点を変えることである。総合的・教科横断的な学習を経験することで、その動きを教科学習以外のいわば「外枠」にとどめていることなく、授業 時間の大半を占める教科学習の再検討へとつなげて欲しい。そんなメッセージが込められた番組である。
 したがって、変革を望まない教師にとっては、「使いづらい番組」と評されて利用してもらえないことは当然予想できる。みんなに使われる番組がよい番組で ある、という解釈は容易である。しかし、多くの教師に求められなくても流すべき番組はある。新しいものを求めるのはどの社会でも始めは少数派である。学校 現場の保守性を考えると、利用促進をしたいがために作りたいものを作れないという悪循環を断ち切る先進性が求められるところである。最初は使ってもらえな いことを覚悟で、しかしこのような番組はいま絶対に必要なのだ、という信念で番組を送り出さなければならない。
 考えてみれば、多数派の教師が「待ち望んでいる」ような番組であれば、利用促進システムは不要である。送り出すだけで、多少の利用上の困難があったとし てもそれを何とか工夫して乗り越えて使ってもらえるだろう。なかなか良さがわかりにくい、使う側に力量が求められるような番組だからこそ、いかに使いこな してもらうかを考える必要がある。番組の認知についての方策と同時に、使い方の提案も含める必要性が生じるのである。


4ー2 利用促進システム(案)のターゲット


 利用促進システム(案)のターゲットは、第一義的に、番組の利用/非利用を決定する教室教師である。二義的には、家庭での直接視聴も想定されるので、子 ども自身や家族が考えられるが、本提案番組は教師の指導を伴う教室での利用を前提としているので、教師をターゲットとすることが妥当である。
 教室教師を便宜的に、先導的教師と追従的教師に分類する。先導的教師とは、放送教育に熱心な教師で、番組の意図を知らされたときに自らの工夫で番組の良 さを最大限に発揮できる使い方を実践できる者を指す。追従的教師は、先導的教師の授業実践に触れたとき、その良さに気付き、自分でも同様な試みをしてみよ うと思う可能性のある者を指す。先導的教師は、多く見積もっても学校1つあたりに1人程度であろうし、追従的教師をあわせても当該学年/教科の担当教員全 体の半数を満たすことはないと想定する。先導的な教師自らが実践を行った結果として提案番組の可能性に「惚れ込み」、オピニオンリーダーとなって同僚を誘 い、その誘いに応じて半信半疑ながらも追従的教師が実践を試みる。それを静観するあと半数の教師が利用を始めるのは、番組が開始してから早くても1、2年 後のことであろう(この手のいわゆるイノベーション普及研究が待たれるところである)。
 利用促進システム(案)のスローガンとして、「先導的な教師には番組情報を、追従的な教師には授業実践例を」を掲げる。先導的教師に必要なのは、番組情 報である。番組情報には、提案番組の意図と想定される学習効果、教科指導への位置付け(制作者側の解釈)を詳細に記述する一方で、番組の内容や展開は「見 てのお楽しみ」的な扱いをする(これが放送教育の醍醐味と思う教師だけを相手にする)。追従的教師が番組に接したとしても、それを見ただけでは番組のよさ に気づくことは期待できないし、そこから素手で優れた実践を構築することも望めない。むしろ、番組を利用して授業を実践した好例に接することによってその 番組のよさがわかるならば、番組の存在を知らしめることよりも授業実践の模範例を示す必要が生じる。この場合、現職教員の再教育という視点での情報提供が 必要となる。


4ー3 利用促進システム(案)の立案と実行

 
 利用促進システム(案)は、表4ー1に示す4段階を経て立案・実行する。第1段階では番組提案の詳細を策定すると同時に利用形態を模索する。第2段階で は、試作番組(単発)を特別枠で放送し、先導的教師による探索的利用の効果を評価し、番組定時化のデータとする。第3段階では、定時化した番組をスタート する一方で、追従的教師の実践を支える方策を実行に移す。第4段階では、パッケージ化された教材を普及させるとともに、実践報告の交流を推進する。

表4ー1.利用促進システム(案)の立案・実行の4段階

第1段階:番組の立案と利用形態の模索
ターゲット:全放連研究部
インプット:提案番組の概要
アウトプット:提案番組の詳細、利用計画案(評価案を含む)

第2段階:番組(単発)の試作と探索的利用
ターゲット:先導的教師
インプット:試作番組、利用計画案(評価案を含む)
アウトプット:利用実践報告(番組利用の効果を含む)

第3段階:番組の定時化とパッケージ展開
ターゲット:先導的教師/追従的教師
インプット:番組計画、利用実践報告(番組利用の効果を含む)
アウトプット:放送番組パッケージ

第4段階:番組利用の日常化
ターゲット:追従的教師/静観教師
インプット:放送番組パッケージ
アウトプット:利用実践報告の交流



第1段階:番組の立案と利用形態の模索
 第1段階は、机上でのプランニングを行う。本プロジェクトでの提案をもとに、全放連研究部などと協力関係をつくり、現場サイドからのアイディアを組み込 む。ここでは、番組の意図する情報検索などの力の成長をどのようにくみ取ることで番組の成果が評価できるかを明確にする必要がある。また、番組視聴後にど のような授業展開が可能かを机上でシミュレートし、それらの活動が番組の意図する技能の習得に資することができるかどうかを周到に検討しなければならな い。第1段階の成果物として、提案番組の詳細が決定し、利用計画案がいくつか想定でき、番組の成果を評価する方策が具体化できたところで、第2段階に進 む。

第2段階:番組(単発)の試作と探索的利用
 第2段階は、特別枠での単発番組の試作と探索的利用を行う。先導的教師が通常の授業の枠外で探索的な利用をすることができるよう、番組情報を様々なルー トから提供する。先進的な実践報告の収集に協力してもらえ、またその後の普及促進に一役かってもらえそうな先導的教師に情報が行き届く工夫が求められる。 実践協力者を50〜100人程度全国に配置するといった方策(任期は2〜3年間とする)も必要となろう。第1段階でシミュレートした授業展開案および評価 案を提供し、利用実践報告書の提出を求める。この際、番組の意図を直接反映した効果測定のための共通の尺度を準備することも検討する。利用実践報告には、 番組視聴の前後でどのような活動をしたか、またその結果として子どもにどのような変化が見られたかの報告を求める。また、実践を踏まえた番組への提言も貴 重な資料となる。

第3段階:番組の定時化とパッケージ展開
 第3段階では、番組を定時化し、その利用実績を踏まえたパッケージ教材化を行う。第2段階での実績を踏まえた番組計画と利用実践報告を年度当初に公表 し、先導的教師には番組利用のカリキュラムへの組み込みと、同僚との協力体制の実現を依頼する。継続的な番組利用を促進し、教師間の情報交換を可能にする ための方策を合わせて実行する(「探検隊利用教師通信」など)。この年の実践報告には、自分自身の実践結果と共に、同僚の実践結果も報告することを求め る。様々な事例が収集できたところでそれらを集約し、他の関連資料とともにパッケージ教材を制作・公表する。

第4段階:番組利用の日常化
 第4段階は、番組利用の日常化を目指す。この年の実践からは、前年度の実績を踏まえたパッケージ教材を利用するところから授業実践がスタートできる。問 題提起と様々な活動記録を満載したパッケージの、問題提起部分のみを「視聴」することから始まり、教室での活動時間を経て、あるいはその途中での参考とし て、前年度の取り組みを参照する。放送番組では、前年度のテーマでの活動を終えた教室を対象として、類題や一歩進んだ探検課題を展開する。この段階では、 放送の即時性を生かして、しかもパッケージ教材での予備的な学習が済んでいることを前提として、何を番組化すべきかを改めて検討する必要が生じよう。さら に、時間差を経て利用を開始した学校間で、利用実践報告の交流を促す方策も求められる。


5 プロジェクト評価の方策



5ー1 番組品質の担保(制作条件の評価)


 言い古されていることではあるが、放送教育のかなめは番組の質である。よい番組が作られているかどうかを確かめるのは、プロジェクト評価の第1課題となる。番組品質を客観的に評価する手だてはないとしても、すくなくとも制作者自身の自己評価は可能であろう。すなわち、
 
  1.  制作者が勉強できたかどうか
  2.  制作者自身が番組の出来具合に満足しているかどうか
の2点について、当事者の声を聴取する。これはいい番組である、と自信をもって宣伝できる番組を作れたかどうかを点検する。よい番組ができていないとすれば、その制作のプロセスを再検討し、番組づくりに力を注げるような環境を整える。
 提案番組は、第1番組のあとの教室活動を受けた形で第2番組を放送する、いわばサンドイッチ型の構成を積み重ねていく。したがって、番組品質の良否は、 番組そのものの構成だけではなく、教室活動の成果をいかに第2番組に取り入れていけるかに大きく依存することになる。第2番組を置くことによって、番組と 教室での活動の組み合わせをより密にし、教室での活動からのフィードバック・チャンネルを確保し、それを最大限に取り入れた形で制作を進められるような体 制づくりが不可欠になる。教室からの反応が「あった方がいい」ものから「なければ次が作れない」ものに変質したとき、いかなる形で番組品質を担保するの か。この点について具体的な提案がまとまるとすれば、それはプロジェクトの大きな成果になる。


5ー2 番組の効果測定法の検討


 プロジェクト評価の第2課題は、子どもの変容をつかめたかどうか、である。番組が情報検索などの力の成長を意図してつくられるとすれば、その力はついた のかを確かめることが番組の評価の中心となるべき事柄である。番組の視聴のみによって情報検索力などが身につくはずはなく、番組の意図した効果が得られた とすれば、それは教師が組み込んで導いた子どもの活動に依るところであることは明白である。しかし、番組を視聴した子どもたちが「その後の活動のアイディ アを持つことができた」あるいは「番組視聴のおかげで意欲的に活動に取り組むことができた」とする報告だけで番組の目的が達成できたと満足するのは性急で ある。番組視聴直後の子どもの変容については、番組視聴の直接的な成果として正確に把握する努力をする必要がある。それと同時に、その後の活動によって 「結局どんな成果をあげたのか」を追求し、視聴後の活動との相乗効果の行く末を明らかにすることは重要である。
 番組視聴から始まる一連の学習活動の成果を明らかにすることは、番組制作上も、利用促進上も重要である。番組制作上からは、次の番組をどう作るかのヒン トを得ることができよう。とりわけ本提案番組では、問題提起の第1番組のあと、学習活動を経て解決編の第2番組に至るサンドイッチ構造を想定している。第 2話で学習成果のうちの何をモデル的に提示し、また次の第1番組ではどの程度の学習成果を仮定して問題を提起するかを考えなければならない。利用促進上の 効果としては、「そんな素晴しい効果があるならば使ってみよう」との思いを抱かせることが重要である。教育機器一般にいえることであるが、教科書と黒板と チョーク以外のものを活用する手間に見合う効果が明らかでないから「使う必要性を感じない」との意見を持つ教師は少なくない。放送番組の利用を無視できな くなる程にまで、使うことでこんな成果があったということを明示できるような方策を確立することが肝要である。
 本プロジェクトによって、当初目的としていた情報検索力などの技能がたとえ身につかなかったことが明らかになったとしても、それは本プロジェクトの成功 を意味する。このやり方ではうまくいかない、ということが判明したからである。失敗の理由を考え、それを修正した次の試みが展開できる。一方で、子どもに 情報検索力などの技能が身についたかどうかがわからなかったとしたら、それは本プロジェクトの失敗を意味する。プロジェクトの成否についての意見は噛み合 わず、次の方向性を示すこともできず、視聴率などの外面的な評判に右往左往することになる。子どもの変容をつかみ、それに基づいてプロジェクトの成否を判 断する姿勢を保つことは、何よりも肝要である。さらに、番組の効果測定法が明らかにされれば、それは教育研究上の技法の確立としても、意義深い成果とな る。


5ー3 番組認知度の調査


 番組が放送されることになれば、その前後で「番組を知ってもらう」手だてがとられることになる。その成果がどの程度あったかを追跡調査することが必要と なる。ただ多くの人に知ってもらうことができればそれでいいというわけではない。プロジェクトの成否を分ける第1の指標は番組の質と子どもの変容である。 それが確保できたところで、認知度を高める工夫が次に求められることになる。
 したがって、プロジェクト初期の段階では、番組の認知度が低いことを確かめる意味で、調査を実施することになる。その後の認知度を高める工夫の成果を把 握するためのベースラインの明確化である。認知度を高めるための工夫は、放送での広報活動、雑誌『放送教育』や番組案内などの印刷物、インターネットホー ムページへの掲載と各種情報検索リストへの登録、全放連や当該教科研究会などの研究組織を介したものなどが考えられる。それらの広報活動の成果を確認する ために調査を実施する。さらに、調査そのものが広報活動としての効果をもつことも念頭に置く。「しってますか?」とアンケートされることで番組の存在を知 る人も多い。


5ー4 番組情報の有用性の評価(実践例の評価含む)


 番組が存在することを広報する活動とともに行われるのは、番組関連情報の提供である。前節で述べたようにプロジェクトの第2段階では、先導的な教師に対 して、提案番組のねらいと概要、利用計画案(授業展開案および評価案)などを提供することになる。第3段階の番組情報には、先導的な教師による利用実践報 告も加え、追従的な教師の実践も支援していく。それらの番組情報が教師にとって有用であったかどうかは、プロジェクトの成否を左右する指標として明らかに しておく必要がある。
 番組関連情報をどのような方法で提供するのかも、次の教師相互の実践継続支援や、パッケージのマルチメディア展開との関連を踏まえて周到な検討が必要と なる事項である。先導的な実践報告を委託する教師集団を設けるとして、それらの教師への情報提供をどのように行うのか。また、その他に自発的に番組の利用 を試みたいと考える教師への対応はどうするのか。情報の内容と提供方法についての計画が効果的に実施できたかどうかを評価の対象とする。


5ー5 利用継続支援度の評価


 プロジェクトの第3段階においては、先導的な教師集団へのサポートに加えて、追従的な教師が実践を継続できるような支援策を講じる必要があるが、その支 援策の是非は番組利用の日常化とさらなる量的な広がりへの足掛りとして評価の対象となる。「探検隊利用教師通信」などの継続的な番組利用を促進し、教師間 の情報交換を可能にするための方策がどの程度効果的に活用されたのか。先導的な実践事例はどの程度役に立ったのか。実践者相互の情報交流はどの程度実現さ れているのか。新しい試みの重要な一員として参画しているという実感が実践者に共有されているのか。どんなサポートがあれば、実践がより楽になり、質的に も深まると感じているのか。これらの点について、動向を的確に把握し、相応の改善策を速やかに実施することで利用継続支援度を高めることが肝要であろう。


5ー6 パッケージ教材の評価


 第4段階では、前年度の実績を踏まえたパッケージ教材を利用するところから授業実践がスタートできる。このパッケージ教材の利用度・満足度は本プロジェ クトの評価の対象となる。パッケージ教材そのものの使い易さを始めとして、内容についての意見、それぞれの構成要素の利用度、放送番組(新作)とパッケー ジ教材に含まれている旧作との相乗効果など、さまざまな観点からパッケージ教材の是非を問わなければならない。
 パッケージ教材の普及経路をどのようにするのかは今後の検討に委ねられるが、市販の道がとられる場合は、最終的にはパッケージ教材の売り上げに評価が反映されることになる。


5ー7 社会的評価


 本プロジェクトが本格的に実施されれば、社会的な注目度も無視できない指標となるだろう。研究会の自由参加者数の増加と話し合いの白熱ぶり、放送教育以 外の研究会(とりわけ当該教科研究会)での放送利用を含む公開授業数や研究発表数の増加、教育工学・情報教育・コンピュータ教育実践者からの関心などに社 会的な注目度が具体的に現われることが予想できる。これからの学校放送が、これまでの放送教育の積み重ねを踏まえながら、これらの関連諸分野に対しても先 進的なプロジェクトとして社会的な認知を受け、関連分野との融合・統合の中で独自性を発揮する貢献ができること。そのための橋渡し的な役割を担うことも、 本プロジェクトの重要な使命であろう。