自主シンポジウム「メディアによる教育おける調査・研究」                   

学校放送番組利用を質的に促進するための調査・研究
Research Agenda to Qualitatively Facilitate Educational Broadcast Uses


鈴木克明
Katsuaki Suzuki
東北学院大学
Tohoku Gakuin University




1 質的な利用促進と利用率調査

 利用促進とは、一般的には、少しでも多くの人に番組を利用してもらうための方策を意味する。具体的には、番組利用率などの指標の上昇に現れるものであ り、これはいわゆる量的な利用促進、水平方向の伸びを示す。商業放送ならば死活問題となるこの指標は、年々減少傾向にあるという。現行の利用状況調査で は、NHK学校放送利用校を「調査年度の4月からの間で学校放送番組を一本でも利用した(教師が一人でもいる)学校」と定義しており、校種別のテレビ番組 利用校が全学校に占める割合(利用率)は平成6年度の調査で、小学校94%、中学校37%、高等学校43%と報告されている(飯盛ら、1995)。換言す れば、6%の小学校、63%の中学校、57%の高等学校では、その学校のどの教師も誰一人として1学期間一度も当該年度放送の学校放送番組を使わなかった と推定されることになる。

 学校放送番組の利用促進の目指すところは「なるべく多くの教師になるべく多くの番組を利用してもらう」ことなのだろうか。利用者を増やすといっても、と にかく使ってくれればそれでいいのか。それとも、もう少し高度な利用法を広めていきたいと考えているのか。制作者が準備を怠って番組を流したときに「怖い 存在」になるような教師の輪を広げたいのか、それとも番組の良否にかかわらずにとにかく使ってくれるお客様でいいのか。現在の番組利用者の中に、制作者が 望むような、番組の可能性を最大限に引き出してくれるような利用をしてくれている教師がどの程度の割合で存在するのだろうか。利用促進の目指すところは量 的な拡大ではなく、質的な深化であり、利用率という水平方向への伸びよりも、質的な利用促進という垂直方向の深まりを追究する必要があるとの立場を取りた い(鈴木、1996)。


2 改革運動と「使いづらい番組」

 黎明期において、放送教育は学校教育に風穴を開けてやろうという野心を持った学校教育改革運動であった。いわゆるジャーナリストの批判的な目で世界を捉 え、番組を制作していたという。しかし、放送教育が時代の花形になり、他に類を見ない高利用率を達成するに至り、改革運動としての勢いは失速した。放送番 組の利用者の多くは、変革を望んではいなかったからである。放送される番組自体が学校教育に変革を迫るメッセージを秘めることをやめてしまえば、教育改革 運動としての役割を果たすことはできない。一方で、メッセージが込められたものは現場から「使いづらい番組」と評されて利用してもらえない。新しいものを 求めるのはどの社会でも始めは少数派である。保守的な学校現場が求めるものをつくることへの限界は明らかではないだろうか。

 放送教育がかつて目指した改革の路線は、マルチメディア時代においても新しいものである。すなわち、過去形の知識を完璧に把握した教師によって予定調和 的に伝達が行われている教育の「聖域」を社会に開き、現在進行形の情報を教室に直接送り込むことで教師を子供と同じ受け手の位置に立たせ、知らないと赤裸 々に言える教師像、知識量の優位性ではなく問題解決能力で子供をリードする教師像を追い求めること。この課題は、マルチメディア時代を目前にした現在の学 校教育改革の課題として残っている。当時の学校放送の導入が意味した事態が今日の情報活用能力と新学力観の提唱で再現されている。


3 利用促進の3つのターゲット

 利用促進の諸策は、次の3つをターゲットに計画することが求められていると考える。

(1)よい番組が流れているにもかかわらず、教師がそれを知らないために使っていないこと。教師が授業のネタを求めていて番組がよりよいネタになるなら ば、多少の困難があっても気づきさえすればそれを使う努力を惜しまないであろう。この場合必要なのは、番組情報の普及である。

(2)教師が番組に接したとしても、それを見ただけでは番組のよさに気づかないこと。放送を利用して授業を創造した好例に接することによってその番組のよ さがわかるならば、番組の存在を知らしめることよりも授業実践の模範例を示す必要が生じる。この場合必要なのは、現職教員の再教育である。

(3)教師が番組のよさに気づいており本当は使いたいにも関わらず、現実的な制約で使うことが不可能なこと。放送利用のための諸設備の絶対数とその使い勝 手などが不十分であるならば、利用条件の向上をはかる必要がある。この場合必要なのは、予算的措置と利用システムの確立である。

 上記の3点のうち、3については、文部行政の主力が情報機器の整備に移行した現在、短期的には熱心な教師による私的な工夫が、また長期的にはデジタル技 術革新によるインフラの整備が、障害を取り除いていくだろう。残る1、2の解決には、「先導的な教師には番組情報を、追従的な教師には授業実践例を」とい うスローガンを掲げることができる。


4 利用促進の方策と成果の兆候

(1)質的な実態調査

 放送教育のかなめは番組の質である。よい番組が作られているかどうかを確かめるためには、学校現場での反応を見る前に、制作者自身が番組の出来具合に満 足しているかどうかを重要視すべきである。これはいい番組である、と自信をもって宣伝できる番組が作れているかどうかを確かめる。作り手にとって現状は満 足できるものなのか、何が変化することを望んでいるのか、現場とのコミュニケーション確保のためにどんな手段を講じているのかなどを聞き取る。また、番組 制作システムの実態を把握し、何が必要かを模索する。制作プロセスを再検討し、番組づくりに力を注げるような環境を整える。

 放送教育に熱心な教師と、番組を全く利用しない教師やかつては利用していたがやめてしまった教師との両方を対象に、利用者側の実態も調査する。放送を使 う/使わない理由や、学校放送番組に望むことなどを聞くと同時に、番組案や利用促進案についての意見も聴取し、今後の研究に役立てる。

(2)番組の制作と質の高い利用法の確立

 放送教育を熱心に進めている教師(少数派)を視野に置き、学校教育番組が今何をなすべきかを考え、番組を試作する。現行の日常的な番組制作システムを離 れて、特別プロジェクトを結成するのが理想的である。一部の「心ある」教師が歓迎する番組であると同時に、現代的な要請に答えうるものを目指す。

 利用率の向上をもって利用促進が成功したとは解釈しないで、一部の教師が深く番組を利用し、放送教育の可能性を理解してすぐれた授業を展開できるよう、 垂直方向の深まりを目指す。それによって、放送番組利用の核となる教師を地道に育てていく。一般(未利用者・未理解者)への普及・啓蒙は、核となる教師の 授業実践の公開・紹介を介して行う。

 一方で、子どもの直接視聴を意識した番組構成とする。子どもに直接訴えかけ、視聴後の探索・思考活動を刺激する要素を盛り込む。広がる家庭視聴への対応 策とするばかりでなく、教室で教師がたとえ「採点の時間を潰す」ために番組を視聴させたとしても、番組からの直接的な意欲喚起により、教師が予想した以上 の効果を子どもにもたらすことを狙うのである。放送利用に未接触であった教師でも、番組からの子どもの反応を目の辺たりにして、放送常用者へと変貌してい く可能性を期待したい。

 利用の質的な高まりは、放送教育研究会の自由参加者数の増加と話し合いの白熱ぶりに現れるだろう。利用者数がいくら増えても、中核となる研究会が充実し ないようでは質は高まらない。一方で、利用率は変化がなくても、熱心な教師が少しでも増えれば、利用の質は高まる。組織ぐるみの動員以外の参加者数が増え ることを利用質の高まりの指標として目指すことは妥当であると思われる。

 また、利用の質が高まれば、放送教育以外の研究会での放送利用を含む公開授業数や研究発表数の増加ももたらすだろう。放送教育が校種や教科の壁を越えて 応用可能な教育方法を模索することは有意義なことであるが、教科部会の研究に影響をあたえて初めて市民権を得たと解釈すべきである。放送利用が質的に深ま れば、それぞれの教科部会でも無視できない存在となるはずである。

(3)利用促進先進事例の調査と促進案の立案

 諸外国における先進的な番組利用促進策を調査し、利用促進案の提案にそれを反映させる。調査対象としては、米国の公共放送(PBS)が取り組んでいるイ ンターネット上の情報提供や、パッケージ系ソフトとして番組を提供している例なども含め、諸策の適用可能性を探るものとする。

 特別プロジェクトで試作する番組に対する利用促進案を立案し、それを実地に評価する。テスト試行の結果を見て、利用促進案を改善し、最終的な提言に改善された利用促進案を盛り込めるようにする。


参考文献
飯盛彬彦・斎藤建作・井谷豊(1995)「教育現場における放送利用の現況と展望〜平成6年度学校放送利用状況調査から〜」『放送研究と調査』1995年4月号、2-19頁
鈴木克明(1996)「利用促進とは何か:番組利用の質的促進システム」『マルチメディア時代の番組・教育ソフト研究報告書(NHK学校放送番組部委託研究)』 日本放送教育協会、41-50頁