『教育メディア研究』2(1) 13 - 27 (1995)

教室学習文脈へのリアリティ付与について
〜ジャスパープロジェクトを例に〜

Anchoring Classroom Instruction to a Realistic Context:
The Jasper Project as an Example

東北学院大学 鈴木克明



本稿では、状況的学習観に基づく算数の問題解決領域の授業を支援するためのバンダービル大学における教材開発研究「ジャスパープロジェクト」を詳細に取り上げ、教室学習文脈へのリアリティ付与について、その可能性と課題を考察した。ジャスパー教材群の中心をなす6つの冒険物語と7つの教材設計原則(ビデオ提示、物語形式、生成的学習、情報埋め込み設計、複雑な問題、類似冒険のペア化、教科間の連結)を紹介し、評価研究のあらましを述べた。3つのジャスパー教材の利用形態(積み上げ式直接教授法、構造的問題解決法、生成援助法)とそれを支える授業観を吟味し、プロジェクト推進者の推奨する「生成援助型」の授業における教師の役割変化について言及した。最後に、授業設計モデルと状況的学習観からのジャスパー批評をまとめ、教室学習文脈のリアリティについて吟味した。

キーワード:教材開発、算数教育、ビデオディスク、ジャスパー、文脈

English Summary

はじめに


教室における学習をより具体的で現実的なものにするという課題は、古くから教育メディア研究の領域で扱われてきた。近年、構成主義、あるいは状況的学習観が主張される中において、教室での学習を「よりリアルな」文脈に置くための授業設計手法が模索されている。そのような試みにおいて、映像教材の果たす役割はとりわけ大きい。本論では、米国の教育工学研究者の間で注目を集めている「ジャスパープロジェクト」を詳細に取り上げ、教室学習文脈へのリアリティ付与について、その可能性と課題を考察する。


1.ジャスパープロジェクト:錨をおろした授業


ジャスパープロジェクトは、米国テネシー州バンダービル大学学習テクノロジーセンター(LTC)での、状況的学習観(Situated learning)に基づく授業を支援するための教材(Anchored instruction)の開発研究である(CTGV, 1991; 1992a; 1994)。小学校5、6年生(5〜8学年に適しているとの記述もある)を対象に算数の問題発見と解決の技能育成を目標とし、学習意欲をそそるリアルな文脈を提示するビデオディスク教材を中心に、マルチメディアデータベース、問題解決支援ツール(HyperCardで提供)、付属印刷物などから構成されている。全米科学財団(NFS)その他の資金提供を受けて開発された教材は、2枚組のビデオディスク3セットのビデオディスク教材として、Optical Data社より市販されている。

ジャスパープロジェクトで開発された映像教材は、そのビデオ制作についてニューヨークフィルムフェスティバルにおいて賞を受けた。さらに、教材設計については米国教育コミュニケーション・工学会の教材開発部門(DID)で最優秀論文賞を獲得するなど、高く評価されている。また、構成主義や状況的学習観をめぐる論議の中でも(例えば、Educational Technology誌1991年5月号と1993年3月号の特集号やSeels & Richey, 1994)、あるいはメディアの学習への影響をめぐる議論の中でも(例えば、Kozma, 1994)、教材の例として取り上げられることもしばしばで、教育工学やメディア研究の理論的基盤の検討にも貢献している。

ジャスパープロジェクトは、認知心理学者として著名なブランスフォード(Bransford, J.D.)が率いるLTCの約70名の研究者集団によって取り組まれたものである。この研究グループは、1994年現在、数学、科学、社会科、あるいはリテラシーなどの広範囲にわたるプロジェクトを手掛けている。研究の成果は、主としてCTGV(Cognition and Technology Group at Vanderbilt)という著者名で発表されており、ジャスパープロジェクト関連の論文は1990年から1994年の5年間で25を越えている(CTGV, 1994)。

以下に、ジャスパー教材群の中心をなす映像教材とその他の支援教材群、ジャスパープロジェクトの成果、教材の設計原則、教材の利用形態について、順に吟味する。


2.ジャスパー冒険物語と教材群


ジャスパー(Jasper)は、主要登場人物の名前である。全6話の冒険物語はそれぞれ14分から18分の長さで、数学的な問題提起場面を含む日常生活でのエピソードが展開される。冒険物語は、登場人物の一人が直面した問題を子どもたちに投げ掛けるところで終わり、物語を視聴した子どもたちが登場人物になりかわって問題に挑戦する。時間と距離を使った旅行計画、統計データを使ったプロジェクト計画、幾何を応用してのルート発見の3タイプの問題が2話ずつ用意されている。

ジャスパー冒険物語の第1話「シダークリークへの旅」(Journey to Ceder Creek)は、主人公ジャスパー・ウッドベリーが新聞の広告欄で知った中古ボートを見るために、川をさかのぼってシダークリークを訪ねる物語である。物語の最後では、ジャスパーが購入したボートを日暮れまでに燃料切れを起こさずに操縦して帰れるかどうかを判断する問題が提起される。子どもたちは、問題が提起されるまでの間に視聴したビデオディスクに埋め込まれていた情報(例えば地図から距離を割り出す、流れていたラジオから日没の時刻を知るなど)を手掛かりにして、複雑な条件を一つ一つ整理し、ジャスパーのかわりに判断を下さなければならない。物語の進行に夢中になってビデオを視聴した子どもたちは、最後に提示された問題を解くのにどんな情報が必要かを改めて考え、ビデオの内容を思い出し、必要なところは再視聴して確認しながら、徐々に判断材料を組み立てていく(物語の詳細はCTGV, 1991, p.37を参照)。

表1に、「シダークリークへの旅」の冒険物語のシーンと、ビデオに埋め込まれた情報の一覧を示す。約15分間の物語の最初から最後までに44の数値情報が埋め込まれており、ナレーション、ラジオ天気予報などの聴覚的な、あるいは地図、看板、標識、実物などの視覚的な提示方法を織り混ぜて、それとなく提示されているのがわかる。埋め込まれた44の数字のうちの17の情報が問題解決に有効なものであり、その他の情報は役に立たないものである(有効率は39%)。物語の最後で難問を突き付けられた子どもたちは、埋め込み情報のどれをどのように使えば問題が解決できるかを自分たちの力で考え、解決策を導いていくことになる。

(表1をこのあたりに挿入)


表2には、この冒険物語の問題を解く過程の見本を示す。ライトが故障したボートを購入したジャスパーの問題「日没までに帰れるか」に答えを出すためには、時間とガソリン残量を求めるための下位問題を導き出し、それに必要な埋め込み情報を見つけ、立式し、計算していく。その過程でガソリンが不足することを発見した子どもたちは、次の下位問題として、ガソリン補給の中間地点までは行けるかどうか、またそこでガソリンを購入するだけの所持金があるかどうかを求めなければならない。下位問題が4つ、それを解決するための合計16の式を立てることで、子どもたちは「日没までに帰ることができる」との結論を導きだすことになる。

(表2をこのあたりに挿入:
可能ならば、表1と同時に見ることができる位置にお願いします)


2.冒険物語を支援するその他の教材群


市販されているジャスパー冒険物語は、1枚のビデオディスクに1話ずつ収録されている。冒険物語で始まるディスクの表面には、物語の次には筋書きに変化をもたせる仮想類題(What-if analogs)を収録している。表3に、第1の物語「シダークリークへの旅」について用意されている仮想類題をリストする。これらの類題は、冒険物語の問題を解決したあとで、練習として使われるためのものである。

表3.「シダークリークへの旅」の仮想類題

ガソリンの値段:ガソリンの値段が変わると、ジャスパーは家に帰れるか?
        1ガロンの値段=$1.20, $1.30, $1.60, $1.75, $1.85
川の流れの速度:川の流れの速度が変わると、ジャスパーは家に帰れるか?
        流れの時速=0マイル、2マイル、3マイル、7マイル
ガソリンタンクの容量:縦横高さの長さが変わると、タンクの容量は?
        長さ(インチ)=20x12x12, 6x12x20, 24x24x40,
                24x24x20, 24x12x20
2変数の変化:ガソリンタンクの容量とガソリン消費量が変化すると、ジャスパーは家まで帰れるか?     もし帰れないときは、ウィリーの店まではたどり着けるか?
        容量15galで消費量毎時6gal, 15gal & 4gal/hr, 10gal & 6gal/hr,
                     10gal & 4gal/hr, 11gal & 5gal/hr
3変数の変化:容量と消費量に加えて、ガソリンの値段が変わるとどうか?
        $.99 & 20gal & 6gal/hr, $.99 & 16gal & 6gal/hr,
        $1.35 & 16gal & 7gal/hr, $.80 & 14gal & 7gal/hr
旅行計画:はしけを利用した旅行の計画をたててみよう。計画するとき、何を考える必要があるか?   この旅行は、何日間かかるか?また、燃料はどのくらい必要か?



ビデオディスクの裏面には、物語で投げかけられた問題の解決過程が主人公によって例示されており、子どもたちが到達した解決方法と比較するように促している。さらに、ジャスパー教材を使う教室の教師向けの情報として、ジャスパーシリーズ全体の紹介、教授上の一般的なヒント、そして物語の内容と問題解決過程に即した指導上のポイントがビデオで解説されている。

ビデオディスクには、ビデオディスクをコントロールするためのHyperCardスタック付の教師用マニュアルが付属されてくる。教師用マニュアルには、冒険物語についての詳細な説明に加えて、カリキュラムの見本、類題の用い方、他教科に連結するためのアイディア、問題解決に要求される算数の技能の一覧、子ども用の資料などが含まれている。また、冒険物語のあらましにはバーコードが印刷されており、特定のシーンを呼び出せるように工夫されている。これは、HyperCardスタックを使ったMacintoshによるビデオディスクの制御が実現できないときの代用として用意されているものである。

このほかに、ジャスパープロジェクトで用意された付属教材として、以下に述べる付属マルチメディアデータベースと、問題解決の過程を支援するためのコンピュータ教材「ジャスパー計画アシスタント」が開発されたとの報告があるが、市販のビデオディスク教材には、付属されていなかった。

付属マルチメディアデータベースでは、他の教科との連結をとくに意識したデータベースを提供し、歴史、地理、理科的分野の文脈に算数の問題解決技法を組み合わせる機会をつくっているとの報告がある(Database Publisher; CTGV, 1991, p.38)。例えば、マークトウェインの頃はモーターボートのかわりに手漕ぎだったのでスピードはこれ位だったなどの歴史的観点などから物語に情報を付加し、異なる条件下での問題解決場面を設定する。条件が異なれば、様々な別な要因を考慮にいれて問題を解く必要が生じ(例えば、日没までに運ぶのは到底無理だから、燃料が不要なかわりに食料や飲料水を日程分確保するなど)、問題解決過程の構造も変化してくる。また、物語で用いた問題解決法を使う小アドベンチャーを数多く用意したり、計算の基礎技能を練習させたり、子どもが自分なりの情報をデータベースに付加する機能(Adventure Maker; CTGV, 1992a, p.72)も用意されている。さらに、プリント資料に加えて、コンピュータ制御のマルチメディアデータベースや物語に連動したシミュレーション教材も準備中と報告されている(CTGV, 1993a, p.57-58)。

「ジャスパー計画アシスタント(JPA)」は、ジャスパー教材で学習を進める子どもの手助けとして用意されたハイパーカードスタックで、ビデオディスク制御、計算、事実情報のメモ機能などがある。問題解決への過程を構造化することで、問題解決の初心者にとっての「足場(scaffolding)」を提供している。さらに、問いの生成を促す「質問カード」、それに対してどんな情報が必要かを整理する「計画カード」、ビデオディスクから収集した情報をメモする「情報カード」、電卓付きの「計算カード」、そして地図情報などをみる「観察カード」が、例えば質問カードでまず問いを生成してからでないと次に進めないなどのように、問題解決過程に即した形でリンクされているとの報告がある(Young, 1993, p.51,52)。


3.ジャスパープロジェクトの成果


1990-91年度に、ジャスパー教材は全米の75以上の学校で使用された実績があった。そのうち、米国東南部の9州16校で公立小学校5、6年生739人を対象に実施したフィールドテストでは、子どもたちはもとより教師やPTAからの反応も絶大であったことが報告されている(CTGV, 1992b)。このフィールドテストは、事前に2週間の訓練を受けた教師2名と業者派遣のアシスタント1名の体制で実施された。教材不使用の統制群付き10クラスと統制群なし7クラスが、ジャスパー教材を各話に最低1週間分の授業時間を割いて、3ないし4話を学習し、事前事後にペーパーテストにより評価を行なった。算数の標準テストに加えて4つのテストを開発し、ジャスパー教材で目指している(1)他人のつくった問題を解くのではなく自分で問題を生成する力、(2)数学の有用性を味わうこと、(3)複雑な問題に挑戦する意欲が達成されているかどうかを確かめた。評価結果は、次のとおりである(CTGV, 1992b)。

事前事後の評価では、算数の基礎概念習得を損なうことなく、文章題テストや計画立案問題で統制群よりも好成績をあげた。算数の基礎概念テストでは、ジャスパー教材で問題を解決するために必要な面積/容積/小数点/分数などの概念の理解度の変化を調べた。ジャスパー教材では必要とされるが教材の中では直接的に教えていないことや、ジャスパー教材を採用したために基礎概念に割ける授業時間が減ることなどの理由から、基礎概念の理解度テストの成績はジャスパー群に不利ではないかと予想されたが、統制群との間に有意な差はなかった。

文章題テストは、問題解決力を測定するために頻繁に用いられる手法で、ジャスパー教材からは近い転移にあたる技能を評価するために採用された。一段階で解ける問題から多段階の複雑な問題まで3タイプを用意し、複雑な問題ほどジャスパー教材群優位と予想した。結果は、統制群との比較において、3タイプ全てにジャスパー教材群に有意な差があった。

計画立案問題は、多段階の複雑な計画立案に関する生成問題であった。全体の問題解決過程を立案することのほかに、ある計算を提示し、それがなぜこの計画に必要かを説明させる問題(下位ゴールの理解度)と計算問題が含まれていた。全体計画の立案(事前テストの成績を補正した平均正答率でジャスパー教材群40%に対して統制群25%)と下位ゴールの理解度(同54%に対して46%)に有意差があった。

態度尺度の結果も良好であった。数学に対する態度や数学の成績の原因帰属などに関する35項目の同意尺度による調査では、安定が予想された原因帰属と数学の能力に対する項目群には、予想どおり、大きな変動がみられなかった。しかし、算数への不安/自信、算数の有用性認識、算数への興味、算数への挑戦に対する気持ちの4領域については、事前事後の変化に統制群との間で有意差がみられた(CTGV, 1992b)。

教材使用の教師、両親からの反応は極めて良好であった。ジャスパー教材は、子どもたちの日常生活や他教科でも多く話題にのぼった。ジャスパー教材から発展した子どもたちの実地プロジェクトも数多く生まれた。ジャスパー教材は起爆剤であってその後の活動に問題解決技能が用いられることが究極の目的である、とした開発者の意図が現実のものになった。さらに、コンピュータ通信で各地のプロジェクトを相互発表するシステムも試験中であるとの報告がある(CTGV, 1993a)。

しかし、この大規模なフィールドテストでは、評価(ペーパーテスト)が頻繁に行われることが嫌われた。そこで、評価方法の改善として、テレビ放送とパソコン通信を組み合わせた「電子会議Challenge Series」が企画された。電子会議では、ジャスパー教材で身に付いた問題解決技能を新しく提示される問題場面に適用できるかどうかをテストするため、出演者3人がジャスパー教材の類題に挑んでいる姿を生視聴し、誰が本物の達人かを投票するゲームショー形式が採用された。テスト自体が新しい教材のように受け取られ、ペーパーテストの時のように既に学んだ古いやり方をテストされるために繰り返しているときの嫌な気持ちがない、との反応を得ている。電子会議を用いた類題のゲームショーによる評価とその結果を次の指導計画の調整に役立てるこの方式は、ジャスパーに限らず、問題解決プロジェクト式の教材(例えばミミ号の航海、酸性雨のキッズネット)に一般化できるのではないか、という可能性も示唆された。


4.成功に導いた7つの教材設計原則


ジャスパー教材を設計するにあたっては、7つの設計原則を採用したと報告されている(CTGV, 1992a; 1993b)。いずれも学習文脈づくりのルール化であり、ジャスパープロジェクトを成功に導いた重要な設計方針である。以下に、設計原則と意図された効果について述べる。

(1)ビデオ提示(Video-based format)

登場人物や場面設定、物語進行などで興味深い形で情報を提示するために、ビデオ教材を中核に据えた。映像化することで、入り組んだ複雑な情報を画面に表現でき、視聴する子どもによって受け取る情報が異なることから、共同作業で多くのメンバーが問題解決に貢献できる素地をつくっている。数値データを前面に文字表示せずにすむため、ビデオ視聴の初回は数値データよりも問題内容の理解に集中させ、問題の構造を把握した後で数値を検索するためにビデオを再視聴させる効果を狙っている(文章提示だと最初から数字に固執してしまいがちになる)。

(2)物語形式(Narrative with realistic problems)

ビデオ教材といっても、いわゆるテレビ教師による解説型の教材でなく、起承転結のある現実的な物語を使う。このことは、解決する問題を自然な文脈の中に位置づけるのに効果的であり、真迫性や臨場感を高めている。表4に、ジャスパーシリーズ全6話の物語とエンディングで子どもたちに投げかけている問題を示す。対象年令の子どもたちにとっても、起こりうる問題が取り上げられているのがわかる。物語の一般的な構造は理解しやすく親しみやすいので、算数の問題解決手法の日常的な文脈での用途が明確になる。したがって、数学的技能の有用性や道具性が意識され易くなる。


表4.ジャスパー全6話の物語とエンディングで提起されている問題

話     冒険物語    提起されている問題


 <旅行計画(時間、距離、速度)>

1 シダークリークへの旅 ジャスパーは日没までに帰れるか
  新しく買ったボートで川を下ってガス欠しないで家まで帰りたい。
2 ブーン草地でのレスキュー 最も速く救出する方法は何か
  キャンプ中に傷ついた鷲を発見した。すぐに病院で手当てが必要。


 <プロジェクト計画(統計データ)>

3 でっかいしぶきをあげて 一番利益があがる計画は何か
  学校祭で先生を水に飛び込ませるゲームの計画が黒字になるようにしたい。
4 金儲けのアイディア 一番利益があがる計画は何か
  ワシントンへのクラス旅行費用を稼ぐために、リサイクル運動を計画した。


 <ルート発見(幾何)>

5 正しい角度は? 洞窟がどこにあるか
  インディアン少女の家宝が眠る洞窟を探さなくてはならない。
6 大円周レース 誰が勝つか。優勝タイムは何分か
  5マイル円の外側から出発するレースに様々な人が様々な出発点から挑んだ。




(3)生成的学習(Generative format)

物語の結末はビデオディスク裏面に収録されているが、子どもたち自身で問題を解決するまではそれを視聴させない。与えられた模範回答をなぞらずに、自分たちで提示された問題の何を求めればよいかを探し、その問題の答えを導きだす、つまり生成的学習を体験させる。この方式の効果としては、一つは動機づけになること、つまり、子どもたちが自分で結末を決めたがることに着目している。もう一つは、学習の過程に能動的に参加させる効果を期待している。

(4)情報埋め込み設計(Embedded data design)

問題解決に必要な情報(数値データ)は、全て物語のあちこちに埋め込まれていて、物語視聴中に散見される構造をとる。このプロジェクトのユニークな方式で、ビデオに埋め込まれた情報を読み取ることで子ども自身が問題を生成し、情報の関連性を見つけ出し、あたかも推理小説の探偵の役割を演じることを可能にしている。

表5に、全6話の物語に埋め込まれている数値情報の数と、問題解決の過程で実際に有効な情報数と、その割合を示す。埋め込まれている情報の数は平均51.7で、有効なものはそのうちの平均41.3%である。提供される全ての情報が有用であるわけではないので、必要なデータのみを収集する技能が育成される。

さらに、問題解決の過程では、いくつかの下位問題を生成し、それぞれに必要な情報を集めていくことが要求される。その過程で、解決する下位問題によってデータの有用性が変化することも体験できる。また、不自然にならない程度に、要素技能についての説明もエピソード(Embedded teaching episodes)として加え、数値データと同じように必要に応じて参照できるようにしている。


表5.物語に埋め込まれている数値情報


 話 数値情報の数 有効な情報数 有効率(%) 立式数


 1 44 17 39 16
 2 42 19 45 40
 3 47 25 53 35
 4 34 16 47 16
 5 70 19 27 14
 6 73 32 44 30


平均 51.7 21.3 41.3 25.2



(5)複雑な問題(Problem complexity)

最低14に及ぶ段階(立式)を経なければ解決できない問題を全物語で採用し、また、二つの解決策を比較検討させる必要性をもたせる物語もあり、意図的に複雑な問題を提起している。典型的な算数の文章題では、問題と必要な数字のみが与えられるので、子どもには計算方法を選択することしか自由がない。それでは論理的思考力や課題解決過程のメタ認知は育たないと主張している。

表5には、6つの物語についての解決過程の複雑さを表す立式数が示されている。この数は、ビデオディスク裏面に収録されている回答例に基づいて算出したものなので、立式の最低数を表す。実際の子どもたちによる解決過程では、解決にいたるまでに試行錯誤を繰り返すことや最短過程以外の解決策にたどりつくことも考えられるので、より多くの式を立てる場合が多いと思われる。

ビデオ映像が複雑な問題を具象化し、取り扱い可能にしているので、数分挑戦しては諦めるという傾向を克服させ、子どもたち自身の可能性に対して自信をもたせる狙いが達成できる。また、問題が複雑すぎて解決への道筋が瞬時には教師にも分からない(ようにみえる)ので、教師からの権威的情報に頼ることなく、共に問題を解決する仲間であるという雰囲気がつくれる点も見逃せない。


(6)類似冒険のペア化(Pairs of related adventures)

ジャスパーシリーズでは、6つの物語を用いて、2つずつ3タイプの問題解決課題を提示している(表4参照)。第1の冒険物語「シダークリークへの旅」は、時間と距離、燃料と所持金を扱った旅行計画の問題であった(前述)。それに続く第2の物語「ブーン草地でのレスキュー」(Rescue at Boone's Meadow)は、おなじ旅行計画の立案問題を別の文脈で提起する。超軽量飛行機の燃料切れを起こさずに、重量制限内で利用して、傷ついた鷲を救出しなければならない。そのためには、どの方法が最も速くて何時間かかるかを計算しなければならない。交通手段(飛行機、自動車、徒歩の組み合わせ)と経路、距離と時間などを計算するという最初の物語と同じ「旅行計画」を扱っているので、ボートの場合との類似点や相違点を話し合いながら、問題を解いていくことになる(物語の詳細はCTGV, 1992a, p.70)。

二つの類似した物語を提供する理由は、習得した技能の転移促進にある。二つの物語を比較検討することで、何が応用可能で何がそれぞれの文脈に固有のものかを見極める力を付けることを狙っている。さらに、二つの異なる文脈で同じ技能を駆使した経験から、その技能が必要とされる第三の文脈に遭遇したときに、子どもたちが自らその技能を用いる能力(知識の活性化)を高める効果も期待できる。


(7)教科間の連結(Links across the curriculum)

算数を文脈の中におくことで、同じビデオで他の教科の情報を自然な形で提供できる。表6に、第1話「シダークリークへの旅」の教師用マニュアルに提案されている他教科の活動を一部リストする。同様に、たとえば第2話「ブーン草地でのレスキュー」では、救助連絡に使った無線機から電話と無線機の違いを学習したり、助けられた鷹から、絶滅動物や保護運動などに展開している。

表6.「シダークリークへの旅」の他教科への拡張について


新聞:新聞には、どんなセクションがあるか。広告欄はなぜ重要か。
   (活動)自分たちの新聞を作る、記者になる課題を与える、自分たちの広告を作る
,
自転車:自転車の安全教育と交通ルールについて。自動車と比較(環境、健康、スピード)
.
ボート:ボートの動力の発達史(オール、パドル、蒸気、プロペラ、原子力)
    ボートのタイプ、用途、ボートの物理学(浮力、動力のしくみ)
   (活動)パドルボート、浮力、プロペラ、蒸気エンジンを実演してみる


文学:マークトウェインのハックルベリーフィン、トムソーヤの冒険、ミシシッピー川の生活
   ルイスとクラークのミズーリ川探検の手記。(活動)作品の一部を読んでみる
0
作文:(活動)「カンバーランド市」訪問者とのやりとりを作文する。訪問者に登場人物について説明し、訪問者からの質問を予測し、どんな印象をもたれるだろうかを予測する。
   (活動)登場人物の一人になりかわって、履歴書を作る。むいている仕事は何かを考える。
1
地学/物理:川が土地に与える影響について、水の循環について、川の流れについて
   (活動)近隣の川の流れについての実験を考え、実行する
2
ラジオ:音とは何か、音波はどうやって伝わるのか、ラジオはどうして聞こえるのか。
    周波数(AM,FM)とは何か、短波放送と普通の放送の違いは何か。
   (活動)近くのラジオ局を見学する、自分でラジオを組み立てる、ラジオ番組を企画する



他の教科の知識や技能を算数の問題解決場面に利用させることで、教科間の連結、知識の統合化を意図している。伝統的な教科として別々に扱われていたものを連結、統合することによって、次の4つの効果が期待できるとしている(CTGV, 1993b)。
  1. 限られた授業時間をより効率的に使えるようになること
  2. 知識を活性化して使うべき時に使えるようにすること
  3. 教科領域を越えて共通に用いることができる問題解決の概念や方法の威力を 実感させること
  4. 一つの問題に対して多角的な視点から捉えることができるようになること


5.ジャスパー教材利用の授業形態とその決定要因


ジャスパー教材を使った典型的な授業では、まず1つの物語を視聴し、クラス全員で問題解決へのアイディアを出す。問題解決への様々なアイディアが考えられたところで、グループに分かれて問題に挑戦する。グループでは、自分たちのアイディアに基づき、それぞれに必要な下位目標群を定め、不必要な情報と必要な情報を区別しながらデータを収集し、計算を行ない一番優れた解決策と思われるものを提出する。グループ内で、そしてクラス全体で解決策の理由づけを披露しあう。グループの活動には最低でも2時間をかけ、相互に意見交換した後、ビデオに用意された結末(解決例)を視聴する。自分たちの解決策と比較して長所短所を確認し、さらに、マルチメディアデータベースなどを用いて類題に取り組んだり、発展的な活動を展開する。

このような、いわば失敗の中から自ら学ぶ子どもたちを支援する立場に立った授業形態を採用することこそ、ジャスパー教材の可能性を最大限に引き出す道である、という立場をジャスパープロジェクト推進者たちは主張している(CTGV, 1992a; 1993a)。しかし、ジャスパー教材を提供するだけでは、必ずしもこの様な授業形態がとられるという保証はない。ジャスパー教材は、それを使うことによって自動的に授業がかわる(誰が使っても同じ結果が出る、いわゆるteacher proofの)教材ではなく、かわる可能性を内に含んだ(affordした)教材である。構成主義的なあるいは状況的学習へのアプローチを促進する教材だが、それを無条件に保証するものではない。

授業形態の決定に影響を及ぼす授業に対する基本的な立場として、表6の3つの次元を挙げ、構成主義的な、あるいは状況的学習観を支援するはずのジャスパー教材でも、利用者の採用する授業形態によって全く雰囲気の異なる授業が展開される可能性を指摘している。これらの3次元の組み合わせにより、ジャスパー教材利用の授業には、次の3つのタイプがあることを予想している。

表6.授業形態に影響を及ぼす3つの次元

(1)教授内容の序列化:下位技能の完全習得を前提とするか、あるいは、文脈におくことで初めて下位技能の意味が生じると考えるか
(2)失敗経験の価値:失敗なしを理想とするか、あるいは、失敗や限界や誤解を克服させることを重視するか
(3)教師の役割:権威ある情報提供者とみるか、あるいは、必要に応じて助言者にも共同学習者にもなるとみるか



タイプ1:積み上げ式直接教授法(Basic first, immediate feedback, direct instruction)

ジャスパー教材はとても優れた教材だが、それに触れる前にジャスパーでの問題解決に必要な基礎技能や概念を全て教えておく必要があり、その上でジャスパー教材を使わせたいとする立場にたつ授業展開を、タイプ1の「積み上げ式直接教授法」とする。情報源としての教師の役割を重視し、基礎技能を文脈から取り出して、一つ一つ教師が直接説明し、練習させる。

この立場でジャスパー教材を使った場合、(折々に必要な情報を子どもたちに質問しながら)正しい問題解決の過程を教師が子どもたちに説明する形の教師主導で授業を進めてしまうことが予想される。このタイプの欠点としては、数学の面白さを奪う、基礎技能がなぜ重要でそれがいつ役立つかを教えるのに不都合である、基礎技能が習得できてもそれを組み合わせて問題を解決する力に結び付きにくいということが挙げられている。

タイプ2:構造的問題解決法(Structured problem solving)

ジャスパー教材を基礎技能の習得と平行して用いるが、子どもが失敗することを極力避け、混乱を防ぐためにワークシートを準備してそれに添って問題を解かせたいとする立場にたつ授業展開を、タイプ2の「構造的問題解決法」とする。ワークシートは、考えられる問題解決法(最善策のみならず、結果的に成功しない解決法も含めて様々な案)別に複数用意され、各案に必要な情報をビデオから得て穴埋めしたり、必要な計算をするための空欄が設けられている。ワークシートに手順が細かく説明されていればいるほど、子どもの失敗は起こりにくくなる。

授業は、例えば各グループに一つずつ種類の異なるワークシートを割り当てて、空欄を補充させ、相互に発表、比較検討する形で進められる(ワークシートの例はCTGV, 1992a, p.75)。この方法で避けることができる失敗は、問題解決法(下位の目標)を生成する過程とその適切性を評価する過程でのものであり、問題解決過程に最も重要と思われる作業を子どもたちの手から奪うことになる。この方法で学習を行なった実験授業では、グループでの意見交換は最小限に留まり、ビデオからの事実情報の収集と計算とに的が絞られることを観察したと報告している(CTGV, 1992a)。

タイプ3:生成援助法(Guided Generation Model)

最初からジャスパー教材を子どもたちに与え、グループ活動で試行錯誤の中から解決法を生成させていくことで、問題解決の過程が一つに決まっていないジャスパー教材の豊かさを最大限に活かそうとする立場にたつ授業展開を、タイプ3の「生成援助法」とする。教師を含めたクラス全体が「探求共同体」としての意識を高めるために、教師からの指示は最小限に留める。教師は必要なところで助言するが、正解を教えるのではなく、子どもたち自身で正解にたどりつくためのヒントを与えることに徹し、探求への「足場」を築く。援助の量は最終的に子どもたちが自立できるように、段階的に削減していく。

この方法は、ジャスパープロジェクト推進者たちが推奨するものではあるが、教師への依存度が極めて高い。また、日常的な授業の「常識」を越えることを教師に要求している点で、「教室文化を変えるというチャレンジに相当な時間と労力を費やした(CTGV, 1993a, p. 64)」ことを認めている。ジャスパープロジェクトでは、教師の力量をどう育てていくのか、あるいは授業実践へのサポート体制をどう確立していくのかという問題にも着目しており、配慮が必要な点として次の6つを指摘している(CTGV, 1993a)。

  1. 情報提供者からコーチ/共に学ぶ者へ教師の役割を変革させ、教室の人間関係に変化が起きること
  2. 詳細な指導案を前もって準備することは不可能であり、臨機応変な柔軟性がもとめられること
  3. 拡散的に生じる全ての問題について「専門家」にはなれないので、共に学ぶ姿勢や調べ方を示唆する態度が要求されること
  4. 指示的になりすぎないような援助のタイミングと方法を習得すること
  5. 追及したいと思う課題を深めるためのデータベースへのアクセス技能が求められること
  6. 必修学習項目との折り合いをつけて、現存のカリキュラムへの位置づけができること


6.ジャスパー教材とリアリティ付与


これまでの授業設計モデルでは、認知領域における学習目標達成の効率化という観点から、最低限必要なリアリティを実現するメディアの選択を提唱してきた。最近では、認知領域と情意領域との統合化が試みられ、また学習意欲の育成に関心が集まっており、より臨場感のあるリアルなメディアの効果が再検討されている。その場合も、そこで生起させたい学習を促進する手段としてリアリティをとらえる以上は、「何のためのリアリティか」「それは、現実の制約の中で実現可能か」が常に問われることには変わりはない。

ジャスパー教材では、現実的な文脈をビデオで再現することで、課題解決への動機づけを高めるとともに、学習している算数の問題解決技能の有用性についての認識や適用可能場面の知識もあわせて習得させようとしている。これは、個々の基礎技能の習得という学習目標に加え、やりがいを高めることにつながる関連知識の習得や技能の応用力につながる「転移」も学習目標として目指してしていることを意味する。授業設計論の立場からジャスパー教材を批評したディック(Dick, 1993)は、物語のペア化(設計原則6)を魅力的な原則としてとりあげ、新しく学んだ技能を応用する機会を与えることで「転移」の可能性を高めると同時に、第1物語の解決方法を暗記することで学習効果があったと判断することを防いでいるとしている。

一方で、現実的な題材を取り上げ、子どもの試行錯誤を重視し、さらにそこから派生する問題の広がりを積極的に組み込んだ授業を展開しようとするとき、「効率」の問題は無視できない。確かに、ジャスパープロジェクトの効果が高いことは確かめられており、無味乾燥な授業をより魅力的にするノウハウとしての利用価値も高い。しかし、現実に与えられた学校教育の授業時間枠の範囲で実現しようとしたときに、かつての発見学習的手法が授業時間の効率の問題で、あるいはCAI教材の開発が設備や開発コストの問題で、期待されたほどの浸透を達成できなかったことが想起される。

効率と現実性の点からは、ジャスパー教材の評価実験において、算数の基礎概念の習得を損ねることなく高次の学習が追加的に達成されたという報告(5に前述)があったことが希望的である。現行のカリキュラムの中への導入という観点から、失うものと達成するものとの両面からの吟味がなされていることが参考になると思われる。巨費を投じて開発される教材の場合、共有化・普及への工夫をこらし、一使用例あたりの開発費を低下させる努力をすることが、コスト効果を高めることになる。その際、ジャスパー教材のように、(1)1枚のビデオディスクを何度も時間をかけて吟味させ、その上に様々な発展学習の起爆財となるようなつくりかたをしていること、(2)多種多様な利用方法がとれ教師の個性や授業観に則した授業設計を可能にしていること、しかしその一方で、(3)推奨する利用方法を丁寧にサポートする体制をとっていることが特筆される。さらに、設計原則7(教科間の連結)の効用として、「限られた時間をより効率的に使えるようになること」が意識されており、算数以外の学習目標もジャスパー教材に取り組む中で、同時に達成できるような工夫が見られる。この点は、今後の合科・総合科目のカリキュラムを立案していく上でも、参考になろう。


7.状況論的リアリティと教室学習


ジャスパープロジェクトに関わっている研究者の一人ヤング(Young, 1993)は、学校における教室学習の文脈が、そこで習得される知識技能が応用される現実世界の文脈から遊離していると指摘する。すなわち、教室学習ではクラスメイトとの競争原理が働き、チャイムと共に授業内容が時間ごとに予定どおりに変化し、唯一の(そうでなければ主要な)情報源は一人の人物、教師である。一方の現実世界では、あらゆる情報源に分散された資料を変化する状況の中でその有意性を判断しながら収集し、専門分野のことなるメンバーと共同で知識を形成していく。学校での学習が将来役に立つと説得して「やりがい」を感じさせることに成功して、基礎技能の学習がたとえ成立したとしても、教室文脈で得た知識は、現実世界に活用できる状態で学習されていない、と指摘する。

ジャスパー教材は、いわゆる構成主義や状況的学習観に基づいて開発され、学習の文脈をリアルなものにするための様々な努力が払われていると言われている。ジャスパー関連の論文にも、「能動的な知識構築を促す」とか、「真正の課題(authentic task)」、「文脈の中の学習で徒弟制に参加させる」、「数学的概念の真正の使用法」、あるいは「エキスパートが現実の場面で知識を道具としてどのように使っているのかを理解させる」といった言い回しが頻繁に登場する。CTGVが、状況的学習を促進するための一つの授業設計モデルとして提案した「錨をおろした授業(anchored instruction)」は、AECTの術語として採用され、次のように定義されている。「錨をおろした授業とは、熟考や転移、あるいは高次の問題解決過程を支援するために、(多くの場合疑似的な)様々な現実の場面に授業を置く(situate)技法である(Seels & Richey, 1994, p.125)。」

これに対し、状況的学習観からのジャスパー教材批評を試みたトリップ(Tripp, 1993)は、ジャスパー教材の価値を高く評価しながらも、「彼らがやっていると述べていることは、状況的学習ではない。また、彼らが教えているものは問題解決ではない(p. 75)」と断言する。トリップは、次のように主張する。すなわち、状況的学習は現実世界の社会的な関係に「錨をおろす」ものであり、疑似的なビデオ刺激にアンカーすることはありえない。状況的学習では、現実の状況に置かれてそこで熟達者の問題解決過程を見て技を盗むのであり、ジレンマを提示して子どもに問題を解かせることはしない。さらに、ジャスパー教材で教えようとしていることは、状況論者の言う問題解決ではなく、むしろ批判的思考(critical thinking)と呼ぶ性質のものである。ここでは、ボートの漕ぎ方や鷲の助け方を学ばせることではなく、与えられたシナリオを分析し、命題や定理を構築したり吟味したりする技能を教えようとしている。一方の状況論者の言う問題解決は、現実世界で本物を相手に行うものであり、転移する技能ではない。その意味での問題解決は、その場でしか学べなく、また誰でも簡単に学べるものであり、批判的思考こそは逆に学校で教えるべきことである。冒険物語は批判的思考をより生き生きとした形で学ばせるためのものであり、状況論者の言う問題解決と同じことを教える必要はない。

ヤングが指摘するように学校の授業における学習の文脈が、現実世界の文脈と遊離していたとしても、状況的学習の名のもとに、学校での算数を路上の算数の疑似体験の場と変化させようとすることは性急すぎる。なぜならば、学校の学習にはリアリティがないので現実的な文脈を付与すればよりリアルになり、状況的学習が達成できるというものではないからである。「教育形態としての学校組織は、知識は脱文脈化できるという主張に基づいており、しかも学校自体は社会的制度であり、学習の場としてきわめて特殊な文脈を構成しているもの(レイヴとウェンガー、1993、p. 16)」と考えれば、学校という状況の何が特殊な文脈なのかを吟味する必要がある。トリップの言葉で言い換えれば、学校は問題解決よりも批判的思考を教えるところであり、批判的思考を教えるための文脈をリアルに持っている、あるいは持つべきであるということになる。

歴史的な観点から学校の文脈を捉えた宮澤(1992)は、中世の教師がテクストを書き写し、解読し、注釈し、文書を作る仕事を追及する先達として、後輩の子どもたちを後継者として指導していたことを指摘し、現在の学校の特殊性を次のように述べている。「(大人の権威を支える理論的根拠となる同じ仕事を共有する先達と後輩の関係)をあてにできないところに、近代学校の教師の役割の難しさがあるのではないか。つまり学習の強力な動機づけになるはずの職業共有の意識を子どもに期待できず、また人間にとっていちばんなじみやすい見習いという学習形態を利用しにくい悪条件の下で、何ごとかを教える役割を負わされている(p. 167)。」子どもの大部分が教師の後継者、つまり教職を志す者であれば、徒弟制度がそのまま学校にも適用できる。まさに、状況論者の言う問題解決が学ばれることになる。しかし、教師的人間像を理想として「子どもの中に自分のミニュチュアを見たがる(p. 169)」こと、つまり教師のような人間を育てることが現代の学校の目的ではない。したがって、徒弟制度をそのまま取り入れるわけにもいかないのである。

状況的学習観に立てば、学校は特殊な文脈をもっていることが鮮明になる。しかも、その特殊な文脈で生きる後継者を育てているわけではない。かといって、学校を学校以外の文脈に近づけると、学校の機能が果たせなくなる。「ジャスパーは状況的学習かどうか」で議論することよりも、「冒険物語は批判的思考をより生き生きとした形で学ばせるためのものであり、状況論者の言う問題解決と同じことを教える必要はない。」というトリップの立場が、ジャスパー教材の価値を最も生かす道なのかも知れない。


おわりに


本論では、ジャスパープロジェクトを詳細にわたって紹介した。米国において高まる学校改革論と多くの実験的試みを含んだ学校教育の再点検、あるいは構成主義や状況的学習観からの理論的枠組みの再検討といった大きな流れの一方で、ジャスパープロジェクトのような教材開発という具体的な作業が着実に行われている。そして、その具体的教材と授業実践が、学校改革の問題や理論的な枠組みの再検討にフィードバックされている。実証的な研究の伝統を具現化した好例であり、教材開発だけでなく、それを活かせる学校の在り方や教師の役割変化(鈴木、1995)についても少なからぬ示唆を与えていると思われる。

本論でも指摘されたように、ジャスパー教材を使うことで、授業がある方向に自動的に変化するわけではない。しかし、教室学習の文脈と現実世界との遊離、授業に対する暗黙の前提、あるいは授業で育てようとしている力など、数多くのことを改めて吟味する機会を与えていることは確かである。具体的な教材を巡っての議論が、お互いの学習観や授業観に遡って活発に行われる。そのための起爆財としての意義は、少なくない。


参考文献

Cognition and Technology Group at Vanderbilt (1991). Technology and the design of generative learning environments. Educational Technology, 31 (5), 34 - 40.
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Cognition and Technology Group at Vanderbilt (1993a). Anchored instruction and situated cognition revisited. Educational Technology, 33 (3), 52 - 70.
Cognition and Technology Group at Vanderbilt (1993b). Toward integrated curricula: Possibilities from Anchored instruction. In Rabinowitz, M. (Ed.), Cognitive science foundations of instruction. Lawrence Erlbaum Associates, U.S.A., 33 - 55.
Cognition and Technology Group at Vanderbilt (1994). Research and development: The Learning Technology Center at Vanderbilt University. In Ely, D. P., & Minor, B. B. (Eds.), Educational media and technology yearbook 1994 (Vol.20). Libraries Unlimited, U.S.A., 44 -47.
Dick, W. (1991). An instructional designer's view of constructivism. Educational Technology, 31 (5), 41 - 44.
Kozma, R. B. (1994). Will media influence learning? Reframing the debate. Educational Technology Research and Development, 42 (2), 7 - 19.
レイヴ・ウェンガー 佐伯胖訳(1993)『状況に埋め込まれた学習〜正統的周辺参加〜』 産業図書
Seels, B. B., & Richey, R. C. (1994). Instructional technology: The definition and domains of the field. Association for Educational Communications and Technology.
Tripp, S. D. (1993). Theories, traditions, and situated learning. Educational Technology, 33 (3), 71 - 77.
Young, M. F. (1993). Instructional design for situated learning. Educational Technology Research and Development, 41 (1), 43 - 58.

To Top

Japanese Journal of Educational Media Research, 2(1), pp.13 - 27(1995)



Anchoring Classroom Instruction to a Realistic Context::
The Jasper Project as an Example

Katsuaki SUZUKI
Tohoku Gakuin University


This article reviews Vanderbilt University's Jasper Project in detail, in order to explore the possibility and problems of anchoring classroom instruction to a realistic context. Six adventure stories and seven design principles are first introduced, along with data from their evaluation study. Three possible ways of using the Jasper series are then examined including their underlying views of instruction, and new roles of teachers under the Guided Generation Model, the advocated model for Jasper instruction. Critiques of the Jasper materials from the instructional design viewpoint and that of situated learning are finally summarized, in respect to the 'reality' of the context of classroom instruction.

Keywords: instructional development, math education, videodisc, Jasper Project, instructional context