『私情協ジャーナル』 2(3) 4 - 8 (1994)
ドイツ語単語ドリルの開発と利用
〜自己点検チェックリストの提案〜
東北学院大学教養学部 鈴木 克明
佐伯 啓
風斗 博之
東北学院大学工学部 岩本 正敏
はじめに
ドイツ語入門教育における単語習得を補助するマルチメディアパソコン(絵と音声)を利用したドリル型CAI教材の開発を行なった。システム的な手続きを採用し、多方面の専門家を結集して教材開発を指導し、一定の学習効果をあげられる教材が出来たが、実際の授業では使われず、結果的に失敗であった。本論文は、マルチメディアパソコン上での教材作成過程を報告し、当該の教材開発体験に基づいて作成した教材の自己点検チェックリストを提案し、より効果的な教材を目指した教材改善の実際を述べるものである。
1、ドイツ語単語ドリルの設計
本研究グループでは、学内に点在する各種情報機器と3つのキャンパスを結ぶネットワークの有効利用を目指し、「キーボードリテラシ」を習得してから大学に入学してくる世代への高等教育での非情報系の情報教育のテーマとして「ネットワークリテラシ」を想定した研究を進めている。日々の学習に情報機器を手段として用いる中でいわば間接的に「ネットワークリテラシ」を育成するための第一弾として、初級ドイツ語単語の習得を助けるためのドリル教材をネットワーク上に準備する開発研究に着手した。
(1)ドイツ語教師側からの発想
初級ドイツ語では、文法事項を扱うことに授業時間の大半が割かれており、単語を体系的に学ばせることができにくい状況におかれている。そこで、CAI教材として、初歩の単語をコンピュータ相手に自学自習できる教材があれば役立つと考えた。マルチメディアパソコンのマッキントッシュを用いれば、単語の絵やドイツ人教師の肉声を組み合わせたドリル作成が可能であり、一定の効果が期待できると考えた。
(2)教育工学からの発想
コンピュータの操作が容易でかつ教材開発の環境が「透明な」マッキントッシュ上の「ハイパーカード」で教材をつくれば、教材作成者は教材構成の設計に集中でき、学習効果の研究が成立すると考えた。これまでに研究を重ねてきた「暗記のためのドリル制御方略(覚えたものと覚えられないものをわけて覚えられないものに集中して練習するための単語選択制御を埋め込んだドリル[1], [2])」を利用すれば、単に絵や音を用いただけの単純な提示型教材よりも効果的な教材が開発できると考えた。
(3)システム工学の視点
プロジェクトの最終目的としてはネットワークに対応させての多人数教育を目指しているが、まずパソコンの単体利用方式で効果的に学習が進められる教材を開発することから始めた。操作性が優れたマッキントッシュで開発することとした。
2、ドイツ語単語ドリルの開発と評価
第一著者がコーディネータを務めた教養学部の総合研究(卒業課題)に「ドイツ語教材開発プロジェクト」を結成し、教材設計と評価を担当する人間科学専攻の4年生2名とプログラミングを担当する情報科学専攻の4年生2名にドイツ語単語ドリルを開発させた(図1)[3],[4],[5]。入門期の200単語を学問名、曜日と月、野菜と果物などの10分野20単語ずつに分類し、分野ごとに音声と文字及びイラストによる提示とその練習、さらに200語全部を扱う総合練習からなる教材を作成することとし、練習部分には先述した制御方略を採用した。
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(図1をこのあたりに挿入):画面1、2
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図1. 「ドイツ語単語ドリル」の画面例
教材構成を確認し、教材評価のためのテストやアンケートを作成した後、ドイツ人教師の肉声サンプリングやイラストのスキャナ入力などを経て、暫定版(αバージョン)を開発した。内部評価に基づく暫定版の改善後に完成した試用版(βバージョン)は8メガバイトに及んだ。ドイツ語I履修中の学生18名に2週間試用版を使って学習させてその効果を測定した。
教材に含まれている200単語全ての日本語訳を記入させる再生式テストの結果、教材使用前の記入が平均79個であったのに対し、CAI教材使用後は平均179個と平均100単語の上昇がみられた。従来の単語リストを配付して学習させた統制群18人の成績の変化は、事前テストでの平均75個から事後テストでの平均152個への78単語の上昇にとどまった。事後テストにおけるグループ差は、統計的に有意なものであった (t (34)=2.18; p =0.0182)。
当プロジェクトの設計、開発、評価は一応の成功をみた。システム的な教材設計の手続きに基づき、絵や音声をふんだんに用いて、操作性の高い教材をていねいに作成した結果、学習効果も上がった。教材利用者全員が「利用価値があった」との肯定的な意見を表明した。しかし、当初の計画に反して、開発された教材は本年度からのドイツ語の授業の一環としてそのまま使われることにはならなかった。
3、何が失敗だったのか?
(1)操作性
今回開発した教材はドイツ語の単語を覚えるための道具であり、コンピュータの操作を覚えるためのものではない。よって、ドイツ語の習得に神経を集中できるよう、コンピュータを使っていることを意識しなくても教材を使用できる「操作性」が高くなければならない。その点、開発に使用したマッキントッシュは「アイコンをクリックする」マウス操作によりほとんどの意志決定ができるいわゆる「道具としての透明度」の高いものである。今回開発した教材も、使用者登録のプロセス以外の全ての選択をマウスクリックで行なうようにインタフェースを統一しており、その点で問題があったとは思えない。
(2)了解性
ドイツ語の単語に対応させるイラストが一見しただけでは何の絵かがわかりづらいという指摘があった。使用したソフトウエア「ハイパーカード」が標準ではカラー表示をサポートしていないという点も、了解性の妨げになりうる。しかし、わかりづらいと指摘されたイラストには内部評価の時点で日本語による説明を追加したので、試用版からはある程度の了解性が確保されたと思われる。
(3)学習効果
ただ単に教材を使用させるだけでは、その教材のねらいがどの程度達成されたかがわからないので、教材使用前と使用後に同一のテスト(事前・事後テスト)を実施し、その差から学習効果を検定した。また、CAI教材以外での学習と比較するために統制群を設け、CAI学習と従来のプリント学習の差も検討した。いずれも統計的に有意な差が認められた(前述のとおり)。
今回開発した教材には、単語を分野ごとに分類し、関連するものを集中的に覚えさせる配慮があった。また、各分野の練習においては覚えたもの(正解した単語)は順次除去されて覚えられない単語だけが残る制御により、苦手な単語に集中して練習する構造になっていた(図2)。さらに、分野を変えるたびにその分野の単語がランダムに並び替えられ、提示順序によって覚えてしまう弊害も防いでいた。
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このあたりに図2挿入
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図2.採用したドリル制御構造(二重プール構造)
しかし、学習期間(2週間)が経過した直後に行なった事後テストでは教育効果が見られたが、その効果が果たしてどの程度持続するのかという点については再検討が必要である。CAI教材の使用が年度末であったため、記憶保持の状態を調べる保持テストを一定期間(たとえば3箇月)が経過した後に実施することができなかったので推測の域を出ないが、教材そのものの設計が長期間の記憶を助ける構造になってなかった可能性がある。
(4)動機づけ
今回のCAI教材によるドイツ語学習が、評価に参加した学生たちにとって珍しい体験であったため、いわゆる「新奇性」の効果により、教材を使っての学習への意欲を高めることができた(前述のとおり)。しかし、この種の教材を繰り返し用いて学習を続ける場合を想定したとき、果たして意欲を維持できるのであろうか。
学習への動機づけという観点から今回開発した教材を再検討すると、構造が単純でわかりやすい反面、出題パターンを学習者の好みによって選択できるというような柔軟性の欠如が懸念される。確かに、総合問題で分野を問わずに練習をするか苦手の分野を選択して集中的に練習するかは利用者が決められた(出題範囲の選択)。どの分野から取り組むかも決められた(学習順序の選択)。リハーサルモード、練習モード、テストモードも自由に選べた(学習様式の選択)。練習モードでは、提示される選択肢の数を2個から20個の範囲で指示でき、文字表示をするかしないかを選択でき、時間制限を設けるオプションもあった(難易度の調整)。
しかし、教材全体を通して出題のパターンは同一で、ドイツ語単語の表示(音声/文字)、日本語ないしは絵を選択して回答するだけだった。その単語の意味を連想させるためのヒントもなければ、気分をかえて取り組める別の角度からの練習もなかった。CAI教材を使うことによって、単語を覚えるのも結構楽しいという印象をもたせることができればよいが、逆に否定的な学習体験になってしまってドイツ語学習そのものへの取り組み姿勢に悪影響を及ぼすことは避けなければならない。教材使用の意欲を長続きさせるためにも、また同時に長期間記憶に定着させるためにも、教材の再設計の必要性が認識された。
(5)運用性
今回の教材は、試用版で約8メガバイトの容量に膨れ上がってしまった。これは、音声の品質を確保するためにサンプリング・レートを落とさなかったためであり、音質を犠牲にすれば約3分の1までに小さくすることは可能である。しかし、それでもネットワーク上にこの教材を載せ、それを複数台のマシンに使用の都度転送することは現時点では実際問題として不可能なサイズである。今回の評価では、あらかじめ各々のマシンのハードディスクに教材一式を用意し、教材そのものを転送することを避けた。しかし、ネットワーク化を指向した本研究グループの教材として、運用面から再考する必要がある。
今回はマッキントッシュで開発したが、機械に縛られない教材の共有化も検討されなければならない。マルチメディアの全データデジタル化の時代を想定し、異機種間でのデータ互換ができるようなポータビリティを確保したい。さらに、ネッ トワーク環境をいかしたキャンパス間の教材共有化にも耐えられるような、教材開発のプラットホームの開発も必要となる。
以上の点を踏まえて作成した、教材の自己点検チェックリストを票1に示す。ドイツ語単語ドリルの再設計にあたっては、チェックリストで漏れている項目を中心に補っている。
表1.自作CAI教材の自己点検チェックリスト
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(表1をこのあたりに挿入)
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4、ドイツ語単語ドリルの再設計と開発
現在進行中のドイツ語単語ドリルの改良には、次の項目が含まれている。教材改良には、本プロジェクトのメンバーが直接あたり、プロトタイプの評価に関してはドイツ語の履修生の協力を得ながら実施している。
(1)例文の提示
単語を覚えるための重要なヒントとして、その単語が用いられる例文を提示する。例文の選択は慎重に行なっており、「お勉強」的にならないよう、極力現実性をもたせる。文学作品や時事問題、ドイツ旅行で用いられる表現などを中心に検討している。
(2)単語が使われるシーンの再現
マルチメディアの特性を活用して、野菜や果物の単語にはドイツの市場での買い物といった具合に、真迫性のあるシーンを再現し、その場面での単語の運用を練習させる(図3)。
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(図3をこのあたりに挿入)
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図3.市場でのシーン再現画面(改良版)
(3)複数の練習パターンの準備
上記の(1)や(2)以外に、同じ単語群を練習するために複数の練習パターンを用意し、それぞれに回答方式の異なる練習を選択できるように準備を進めている。例えば、クイズ形式やゲーム形式などを取り入れて、同じ形式の練習を繰り返さず、同じ単語群でも異なった角度から、異なっ た場面で多角的な練習が可能なように工夫している。
(4)了解性を高めるイラストのカラー化
トマトやバナナなどのように色付きの方が判別しやすいものをカラー化して、その効果を確かめたい。白黒をベースとしたハイパーカードにカラーイラストが使われることで、それを際だたせる効果が期待できる。
おわりに
本論文では、教材開発が成功しなかった原因を探り、また、その克服に向けて教材を再設計することで、自作CAI教材の開発で陥りやすい問題点を自己点検リストの形に整理することが出来た。今後の研究では、改良した教材の効果を授業実践の中で確かめると同時に、今回得た教訓を活かして、さらに自作教材の充実をはかっていきたいと考えている。
(参考文献)
[1] 鈴木,"テレビ番組による外国語教育を補うドリル型CAIの構築について","放送教育研究", 第17巻, p.21-37,(1989)
[2] 鈴木.岩本.屋代, "ものめずらしさを超えたCAI教材-学習意欲の分析とドリル・シェルの開発(1)-", "第15回全日本教育工学研究協議会全国大会発表論文集", p.183-186,(1987)
[3] 安部.熊谷, "CAI教材ドイツ語単語ドリルの開発", "東北学院大学総合研究論文",(1993)
[4] 池田, "CAI教材ドイツ語単語ドリルの設計と形成的評価", "東北学院大学総合研究論文",(1993)
[5] 石山, "ドイツ語基礎単語学習におけるCAI教材の利用効果についての実証的研究", "東北学院大学総合研究論文",(1993)
表1.自作CAI教材の自己点検チェックリスト
(操作性)
□コンピュータの操作が煩雑でないか
□教材の内容に神経を集中できるか
□「道具としての透明度」は高いか
□インタフェースは統一されているか
(了解性)
□イラストは一見しただけで何の絵かがわかるか
□画面構成の一貫性は保たれているか
□回答の方法は明確か
(学習効果)
□教材のねらいがどの程度達成されたかわかるか
□教材使用前と使用後に同一テストを実施したか
□記憶保持状態を調べる保持テストを実施したか
□統制群を設けて学習の差を検討したか
□関連するものを集中的に覚える配慮があったか
□苦手な箇所に集中して練習する構造か
□提示順序で覚えてしまう弊害はなかったか
□長期間の記憶を助ける構造になっていたか
□多角的な練習が可能か
(動機づけ)
□「新奇性」の効果で学習意欲を高められたか
□繰り返し用いて学習を続ける場合を想定したか
□学習者の好みによる選択の幅があるか
(出題範囲の選択権、学習順序の選択権、学習 様式の選択権、難易度の調整権など)
□出題のパターンはただ繰り返すだけでないか
□気分をかえて取り組める別な様式があったか
□「お勉強」的でなく現実性・真迫性があったか
(運用性)
□ネットワーク上に教材を設置できるか
□ネットワークを介して転送することは現実的か
□機械に縛られない教材の共有化は可能か
□異機種間でのポータビリティは確保したか
□開発の量産体制へのプラットホームはあるか