ソフトウエア工学研究財団(1993)『新コンピュータ支援教育システムの開発に関するフィージビリティスタディ報告書』 機械システム振興協会システム開発報告書4-F-9、分担執筆(第2章第2、3節)

第2章 要素技術の検討


2−1 本コースウェアの特徴


2−1−1 多線多節型シナリオ

 本コースウェアのシナリオは、「多線多節型シナリオ」である。多線多節型シナリオとは、ストーリー進行(ルートまたは線)が複数線存在し、現在のルートから他のルートへの乗り換え点(ノードまたは節)が複数個存在するシナリオのことである。

 このシナリオの特徴は、第1に、各ルートのストーリー性が、シナリオライターとゲーム開発者の専門的知見によって保証されていることである。第2に、 ルートの相互乗り換えによって、学習者の認知的特性(例えば理解度)や情意的特性(例えば意欲や面白さ)に応じた、ストーリー展開を実現していることであ る。

 前年度の多線多節型シナリオは、本線ルート、SFルート、ファンタジールートの3線のストーリーがあり、学習者の成績や興味等で、あるルートから他の ルートへ乗り換えできる仕掛けを持っていた。今年度のシナリオは、前年度の本線、SF、ファンタジーのように、複数ルートが並行(同時進行)した形には なっていない。始め、全員同じルートで進行し、個々の学習者の学力や意欲に依存したシナリオ解決度によって、進行可能なシナリオが変化する仕掛けになって いる(シナリオ単位の多線多節)。これは、学習者の成績や興味に応じて、個々に異なるストーリー展開を実現するものであり、“ゲーム的要素”を十分考慮し た進行ともいえる。また、“節”は、各シナリオのエンディングの場所に設けられている。

 もちろん、多線多節型シナリオの基本的なコンセプトは、前年度の知見をそのまま継承している。即ち、今年度も、インタラクティブなやりとりによる学習者の自由な進行と試行錯誤的な行動をシナリオの随所に設けている。

 今年度の新しい機能として、日本語モード、英語モード、字幕モードの3タイプのナレーション出力機能がある。この機能は、どのナレーション場面でも、学 習者の要求に応じてモード切り換えができるようになっている。言い換えれば、学習者は、3タイプのモードが同時進行している中を、自分の意思でモード乗り 換えすることができる。3タイプの各モードを“線”とし、学習者がモード変更する点を“節”とするならば、この機能は、先に述べた「シナリオ単位の多線多 節」とは次元の異なる多線多節を実現している。

2−1−2 ゲーム航法システム

 シナリオのストーリー展開は、学習者とコンピュータのインタラクティブなやりとりの中で、学習者の自由な発想、推論、意志等にしたがった「学習者主体の 進行」が基本である。しかし、実際は、シナリオのストーリー性やゲーム性を保つために、または、ゲーム進行履歴(評価情報)の結果によって、「システム主 体の進行」も起こり得る。特に、学習者の情意面を考慮した制御を「ゲーム航法システム」と呼び、認知面を考慮した制御を「学習航法システム」と呼ぶ。これ らのシステムは、本コースウェアを実行制御するための理論的背景であり、概念的モジュールである。(注意:コースウェアを記述するソフトウェアが、このよ うな構成でモジュール化されているという意味ではない。)

 ゲーム航法システムは、コンピュータ・ゲームの面白さのノウハウを持っている情意的専門家の役割を演じる。このシステムの理論的背景は、後述する ARCSモデルを基盤にしている。このシステムの中には、学習者が主体となって知識・情報を獲得するための手法、即ち、 1自己を投影できるストーリー性、 2参加意識を高めゲームの持続に役立つ対話性等が、このシステムに組み込まれている。このシステムは、コースウェアのゲーム的な手助けやアドバイスを与え ると共に、ゲーム中は、学習者の情意的側面を背後で監視し、必要に応じて強制的な制御も行う。

 本コースウェアでは、ゲーム航法システムの大部分は、「シナリオ内容」と「提示情報技術」の中に潜在している。つまり、シナリオそのものが、絶えずあき させないようにきめ細かく構成されている。提示情報技術においても、文字、音、静止画、動画等のマルチメディアを駆使し、ゲーム開発専門家による職人芸的 な感覚を十分活かし、どの場面も学習者を十分引きつけるように工夫されている。

 ゲームの進行制御に影響を与えるゲーム航法システムの機能として、時計表示機能、日記・スケジュール帳表示機能、リタイア勧告機能がある。時計表示機能 は、各場面での行動に対する結果を時間に換算し表示することで、間接的な賞罰を学習者に与える機能である。日記・スケジュール帳表示機能は、これまでの ゲーム進行やこれからの予定を日記やスケジュール帳で確認できる機能で、学習者にゲーム進行の達成感、満足感、探究心等を与えている。リタイア勧告機能 は、学習者が「やる気・自身を失いかけている」と思われる場面で、一時中断のリタイアを勧める機能である。これらの機能は、いずれも、システムが学習者の 情意的側面に、ゲーム進行の手助けとアドバイスを与える機能である。

 ゲーム航法システムが情意的専門家であるのに対し、学習航法システムは認知的専門家、いわゆる教師の役割を演じる。本コースウェアでは、先輩からの英語 表現指導機能や、繰り返し機能(pardon機能)がある。しかし、本コースウェアが学習者の情意的側面を重視しているため、これら認知的側面の制御はど れも強制的ではない。

2−1−3 マルチメディア型シナリオの記述仕様

 マルチメディア利用の多線多節型シナリオの特徴を明らかにするために、本コースウェアの構造及び特色を分析することは重要である。具体的には、 1誤答を含む分岐選択肢設定のカテゴリー化が可能であるか、 2本研究課題の1つである「情意的制御(学習中の気持ちの変化に応じてコースウエアを変化させる仕組み;ゲーム航法システム)」がどのように実現されてい か、 3各メディアの使用状況(時間や頻度)がどのくらいか、を明らかにすることが重要である。そして、上記の分析を行うためには、本コースウェアのシナリオを 見やすく表現することが必須の課題である。

 しかし、本コースウェアのシナリオ記述に、多大な時間と苦労を要したため、その分析には至っていないのが現状である。この理由は、マルチメディア利用か つ多線多節型シナリオの記述方法がこれまで確立されていないことによる。一番の苦労は、開発に携わる専門家の立場によってシナリオ記述形式が異なることで ある。作家は作家のスタイルで、映像の専門家は台本のように、CAIの専門家は画面制御と進行制御の記述方式に慣れているためである。

 そこで、本研究の副産物的成果として、我々が作成したマルチメディア利用かつ多線多節のシナリオの記述仕様のいくつかを、付録に掲載する。シナリオの流 れや全体を見通せるような配慮がなされているのだが、開発途中における臨機応変な変更等に十分対応したものではなく、完成した作品に合致したものではな い。

 今後の課題として、シナリオの記述仕様に基づく多角的な分析が必要である。また、今年度の新しい試みである2段階選択の有効性も興味深い。即ち、推理 モードとアクションモードの分岐選択肢それぞれについて、設定理由をカテゴリー化し、学習者行動の記録と重ね合わせることで、システムの認知的及び情意的 制御の実態に迫ることができると考えられる。


2ー2 本コースウエアの「魅力」の理論的分析


2ー2ー1 目的

 本コースウエアの設計にあたっては、昨年度のプロトタイプ開発での経験を踏まえながら提出されたゲーム開発専門家からの企画を尊重した。その結果とし て、本コースウエアの構造とその特徴は、前節で述べたとおりになった。本節では、専門家の経験と独創性に基づいた企画に則って開発した本コースウエアがも つ「魅力」を理論的に分析する。

2ー2ー2 方法

 本コースウエアのプロトタイプ開発が完成した1992年9月、教育工学における学習意欲研究の専門家でARCS動機づけモデルの創始者であるフロリダ州 立大学教授ジョン・M・ケラー夫妻を招いて、昨年度のプロトタイプと本年度開発のプロトタイプの両者を教材の「魅力」という観点から分析した。加えて、そ の分析手法に習い、本コースウエアの開発が終了し、評価研究の結果が得られる前の1993年2月、再びARCS動機づけモデルの枠組みに添って理論的分析 を試みた。

2ー2ー3 結果

 ARCS動機づけモデル及びケラー夫妻による分析の詳細は、添付資料「ケラー講演記録」に示したとおりである。ケラー夫妻の分析と開発終了後の分析をあ わせて、本コースウエアの「魅力」を概観すると、次の通りになる。ただし、+は魅力を高める原因と思われる点を表し、ーは魅力を損なう原因となりうる点を 表す。

1)ARCS動機づけモデルの4側面に基づく分析


1ー1)注意の側面
+マルチメディアの使用により、これまでにない学習環境を実現していることから「新奇性」の効果が期待できる
+頻繁な問題提示により、利用者の注意を持続している
+グランドストーリーによるミステリーで好奇心をもたせている
+ピザ屋の突然の来訪など、予期せぬ出来事で「変化性」をもたせている
+コースウエアが短いサブシナリオに分解されており、長すぎずにテンポを保っている
ーテレビ画面としてとらえると技術的な新奇性が意識されず、「できて当然」、「写りの悪いテレビ」程度にしか受け取られないかも知れない

1ー2)関連性の側面
+外国でのロケーションにより、具体性をもたせている
+英語の対話に関する質問に答えることがミステリーを解くために道具的に機能してやりがいを与えている
+留学という内容自体が、「知りたいことだった」という意味づけをもたせる可能性がある
ー一日の始まりと映像クリップへのアクセスに残る「待ち時間」は利用者の不快感を招く可能性がある

1ー3)自信の側面
+英語の「お勉強」であることを意識させない環境の設定により、過去の失敗体験を想起させない効果がある
+失敗しても繰り返しチャレンジできるので、失敗を恐れずに挑戦できる
+ゲームの進め方に関してていねいな説明書が用意されており、不安感を取り除いている
+制限時間が過ぎ「リタイア勧告」が出されてからは偶発的に事件が起きゲームオーバーになる機能で、「勧告」を受け入れるか「危険を覚悟で進むか」の選択権を利用者に与えている
+応答を求める箇所が多く、自分のペースで利用できるので、自分で操っている感覚がもてる
ーシナリオの流れが単線的なので、行き先を自分でコントロールしているという充実感はないかも知れない
ー英語の実力がついてきたからおもしろい、続けてやろうという気持ちにはならないかも知れない

1ー4)満足感の側面
+入力に対する即時反応により、KRが瞬時に与えられている
+ゲームゴール達成時の「充足感」により、努力がむくわれる
+成績の善し悪しによってエンディングを変化させることで、でき具合に応じた結末を提供している

2)ARCS動機づけモデルの開発過程に基づく分析


2ー1)学習者分析
+これまでに経験したことがない学習環境を実現していることから「新奇性」の効果が期待できる(注意の側面)
ー使用者がコースウエアのどの側面によって動機づけられるかの予測がつきづらい。

2ー2)動機づけ方略の選択的採用
+変化に富むシナリオにより、学習者を飽きさせないこと(注意の側面)に重点をおいた意欲の喚起が期待できる
ー学習者特性の予測が困難であるため、またコースウエアの魅力を高めることを主眼としているため、必要以上の方略を採用している可能性は否定できない
ー「魅力」の特定化(本コースウエアはどの側面に重点をおいて魅力を高めようとしているのか)が困難である

2ー3)形成的評価と改善
+プロジェクト内部の評価により評価を重ねている
ーこれまでにないタイプのコースウエアであり、教材の完成度の予測がつきにくい
ーコースウエア自体の特性よりも評価研究の状況設定によって学習者の意欲の源泉が影響を受ける可能性がある
ー昨年の評価結果が本年度の開発に直接的に反映できていない

2ー2ー4 考察

 本コースウエアは、ARCSモデルの4側面にあてはめてみると、魅力的な学習環境の要素を多く備えていることが明らかになった。しかし、ARCSモデル の創始者であるケラー自身が指摘しているように、(1)理論的な「魅力」を高める要素も、コースウエアが念頭においている対象者に実際に使わせてみてその 結果を評価するまでは確かではないという点と(2)「魅力」を高める要素は多ければ多いほどよいのではなく、取捨選択して必要な方略を必要な場合にのみ使 うのがよいという点を留保しておかなければならない。

 この留保は、ARCS動機づけモデルの提案している教材の開発過程に基づく分析の方により多くのマイナス要素が指摘されていることからみてもわかるよう に、開発手順の見直しによって克服できる性質のものかも知れない。本コースウエアの目的関数が「魅力」を高めることにあることが、ARCS動機づけモデル を意識することで明確化された。今後は、利用者の学習者特性をさらに吟味し、コースウエアの「魅力」をどの側面を狙うことで達成しようとするのかを特定化 することで「魅力」の源泉を絞り込む方法論を確立することが課題となるだろう。


2ー3 「魅力」を高める制作ルールの分析


2ー3ー1 目的

 本年度の開発では、これまでの教育目的のCAIの研究成果に基づいてコースウエア構築の原則をたてるよりも、ゲーム開発の経験を生かし、<ゲーム的要 素>を重視することで、「おもしろさ」を達成しようとした。学習環境の「魅力」を説明するARCSモデルにあてはめてみることで、本コースウエアが魅力的 な学習環境の要素を備えていることも理論的には明らかになった(前節)。しかし、たとえ本開発研究が成功して「おもしろい」「もっとやりたい」と思えるよ うなコースウエアが開発できても、それが単に「達人」による「芸術的センス」によってもたらされたという事実を報告するだけでは、「コースウエアの魅力」 の実現方法が十分明らかになったとは言いがたい。

 そこで、知識工学的手法(ゲーム開発のエキスパートにインタビューすること)を用いて、具体的な場面、画面での開発者の判断基準をルールとして抽出することを試みた。これは、他のコースウエア開発に応用できる客観的な規則として表現することを目指した試みである。

2ー3ー2 方法

 本コースウエアの開発が完了し、評価研究が実施された後の1993年2月、提示・理論班の委員2名が、本年度の開発にチーフとしてたずさわった開発担当 者にインタビューした。インタビューの対象となった開発担当者は、ゲーム開発の実績が豊富であり、本コースウエアの企画を立案し、プロトタイプを自ら作成 し、映像・音声データの提供を受けて最終版の開発を指揮したエンジニアで、開発後12名の評価研究の様子を観察する機会を有していた。

 インタビューはあらかじめ構造化された質問に基づいて、本コースウエアの最終版を操作できる環境で行なわれた。インタビューに要した時間は約3時間で、 全ての会話が録音された。インタビューの後、録音された会話に基づき、開発者のノウハウをルール(もしくは経験則)の形に抽出し、カテゴリー化することを 試みた。

2ー3ー3 結果

 以下に本コースウエアの開発の中に生かされてきたゲーム開発専門家の判断基準および今回の開発を通じて経験的に明らかになったことを(1)コースウエア そのものと(2)開発過程に分類して列挙する。リスト中、経験側の次に<>内に書かれたことは、今回の開発例でどうであったかの記述であり、()内に書か れたことは、経験側の理由づけを示すものである。

(1)コースウエアそのもの


(1ー1)画面構成
◆画面をすっきりさせ、特徴的なもの(差別化できる点)を際だたせる。 <映像(差別化できる点)を際だたせるために、周囲に配置するボタンや選択肢の色のトーンを落とした。マウスカーソルも中の色を抜いてその分映像を見せた。>
◆経過時間(ゲーム進行を握る条件)をわかりやすくするためには、デジタル表示<現状>よりアナログ表示が適している。

(1ー2)シナリオ
◆シナリオは、難易度の高いものと低いものを交互に配置し、全体のバランスをとる。(難易度の高いものばかり続くと飽きてしまうから)
◆ゲーム的におもしろくするためには、移動量(動き)の多いシナリオがよい。インタラクティブであっても対面会話だけのものはつまらない。ただし映像づくりは大変になる。<#15サプライズパーティー>
◆インタラクティブ性を保つためには、シナリオの長さを短めに押さえる。<ストレートに進んで10程度の問題数、長さにして20分程度は適当であった>(長すぎると疲れてしまうから)
◆枝分れの多いシナリオは、枝先に異なる映像をもつ場合、LDの容量限界からして無理が伴う。
◆シナリオのおもしろさとグランドストーリーのストーリー性やエンディングとでは、シナリオのおもしろさを優先する。(その瞬間瞬間に注意を引きつけるために)
◆映画の場合はストーリー性とエンディングによって満足感を与えるかも知れないが、ゲームの場合、むしろ「自分の力で最後まで辿り着いた」「ゲームがとけた」ということ自体に満足感があるので、そこでどんなエンディングが用意されているかは余り重要でない。
◆シナリオに難ー易、緊張感ー爽快感。内容の硬いー軟らかいなどのリズム感をもたせる。
◆終わりが見えるけれど奥が深いシナリオは、比較的やる気を持続させる。<5日間という設定はゲームオーバーになっても先が見える(あとx日)ので諦めないで挑戦できた。>
◆ゲームゴールを達成してももう一度やりたくなるように、未経験のシナリオを残す。もしくは、シナリオのアクセス条件を変化させる(以前に来たときにはなかったものが現われるなど)。

(1ー3)ゲームルール
◆ゲームのルールは、一度ゲームオーバーを経験しないと利用者には実感できないので、早目にゲームオーバーを体験させる様に仕組む。<一度ゲームオーバーするまでは、時計の存在や経過時間の重要性に気づかない>
◆活用される機能の種類や量が、利用者のゲーム経験量に依存するので、必要なときには、取扱説明書の中に戦略を教えることも必要になる。あるいは、ストー リー進行の初期に強制的に機能を使わせる機会をもたせる。<今回の場合、意図して埋め込んだ高等戦術を使っていない例が多かった>
◆能動的な働きかけによってシナリオを変化させるという意味のインタラクティブな環境での操作能力は、一般的な利用者には期待できない。
◆実生活の感覚で了解できるようなルールをつくる。<消費時間を実際にかかる時間に則って決める(例:爆弾の後始末は長く、回り道は短いペナルティー)>
◆ゲームのルールは緊張感を維持するように設定する。<今回の場合、聞き返しのオプション(Pardon Key)は無制限に使用可能であったが、緊張感をもたせるためには利用制限を設ける、わずかの時間消費を伴わせるなどの処置が必要だったと思う>
◆不利な状況になった場合でもゲームゴールを達成できる可能性を残し、「まだできるかも知れない」という期待感を長持ちさせる。
◆ゴールしたときの爽快感が得られるように工夫する。(達成感、満足感が他の娯楽にはないゲームの特徴だから)

(2)制作過程

◆開発過程は、一般的に開発チームによって異なる。チームのメンバー構成によっても開発過程が異なり、プログラマーが制作をリードするのか、デザイナーがリードするのかによっても異なる。

(2ー1)企画段階
◆企画の段階でおもしろさのかなりの部分が決定してしまう。
◆企画の善し悪しを決めるものに、アイディアの差別化(いままでのものと何が違うのか)、アイディアの実現可能性、芸術性などがある。
 <海外旅行よりも留学に題材を求めたことで、内容の差別化ができた。また、インタラクティブな作品になることを前提とした映像取材とLDの使用により開発上の差別化ができた。>
◆ユーザー層を確定し、市場動向を見極めながら、インタラクティブ性ゆえにもてる魅力(謎解きの満足感)をどうすれば得られるかのツボを予測し、それに基づいた企画を練る。
◆ユーザー層(ユーザーが何によって魅力を感じるか)が見えにくい場合は、(映画のような)演出上でのインパクトを強調した企画をたてる。
◆ゲームの場合、ユーザーが期待するのは「市場性」(シリーズものなどに見られる既知の世界)か「芸術性」(目新しいものを追う未知の世界)かの相矛盾する性質のどちらかである場合が多い。成功しているゲームもどちらかの特質を強調するものが多い。

(2ー2)プロトタイプ
◆ゲームの場合は、ジャンルとユーザー層で典型的なパターンが存在するので企画書のみでアイディアが伝わる。マルチメディアの場合、現時点では企画の共通理解を得るためにはプロトタイプを見せることが必要である。
◆比較する対象となるものがなく、不確定要素が多いため、意志の疎通には具体化が必要である。
◆視覚的な具体化を最初に行ってイメージをまずつかみ、次にインタラクティブな部分のプロトタイプを構築して不都合な部分を洗いだし、システム的な実現可能性を確認する。

(2ー3)ツール群の整備とコースウエア本体の開発
◆マルチメディアの部品(映像や音声)をコンピュータプログラムにリンクするためのツールは有効である。
◆プロトタイプでイメージを共有化し、シナリオが完成したら、映像や音声の制作とコンピュータ側の受け口の開発を並行して行なうことは可能である。
◆部品そのものは完璧でも、部品のリンクを済ませてから、バランスの関係で部品の長さなどを調整する必要が生じる。
◆ゲームの世界では「一人称」の画像を用いることが普通であるが、「一人称」映像の連続はカットつなぎに連続性の問題が残る。
◆映像や音声の使い回しの可能性を調べると、この時点でも有効な場合がある。
◆利用者のいらだちの原因になりやすい技術的な困難(例:映像のアクセス速度が予想以上に遅いこと)に遭遇した場合は、選択肢の明確度をあげたり、タイム ペナルティをさげたりといった対応可能な手段でそれを補う。それでもだめな場合は、時間の許す場合はシステムに手を入れる。

(2ー4)評価と改善
◆企画段階のおもしろさを完成させるためには、何度も開発グループ以外の人たちの意見を聞いて改善を重ねることが必要である。
◆予想した機能を予想した所で使っているかどうかをチェックする。
◆予想した通りに「ツボにはまって」くれているかどうか(ゲームの世界に没頭しているかどうか)をチェックする。
◆利用者をツボにはめるためには、利用者に(これはおかしいといったような)矛盾を感じさせるものがないこと、(たたみかけるように展開して)ゲームの設 定に不自然さを感じさせないこと、インタフェースがストレスを感じさせないこと、利用者の自由度が高いことが条件となる。
◆ゲーム進行にとまどいがないかどうかをチェックする。
◆ゲーム難易度の調整は、コースウエア完成後に実際に使用者の状況をみて念入りに行なう。<今回の場合は消費時間(タイムペナルティ)の加算度で難易度調 整が行なえ、それによって何回間違っても時間内にシナリオがクリアできるかどうかが決定できる。評価研究をみた限りにおいては、もう少し難易度が高くても よかったかなという印象をもった。>
◆ゲーム難易度の調整は、利用者ができることの種別に分けてここに調整し、その後に全体の難易度のバランスを調整する。
◆通常のゲーム開発のように過去のゲームと比較しての批評が可能な場合は知識経験が豊富な専門家同士の評価が有効である。過去に類するものがなく、経験に 基づく専門家評価が困難な場合は、利用者の様子を観察することで評価を加える。<今回のマルチメディアの場合とくに「ユーザーの想定」が困難であったの で、実際に評価研究を行なっている様子を見ることは参考になった。>
◆最終的には、ゲームのでき具合は「市場に問う」までわからない。

2ー3ー4 考察

 本節では、今年度の開発経験を通して得られた知見を、本コースウエアに類するマルチメディア利用のインタラクティブ教材を今後開発する際の参考に資する ことができるようにするという目的で、「ゲーム開発専門家」の判断基準をインタビュー手法を用いてまとめた。本コースウエアの開発概念そのものが他に類を 見ない先進的な試みであったことに加えて、知見を客観的にまとめる作業も手探りであったが、「注意事項のチェックリスト」程度のルール化ができた(前 項)。

 この分析による知見は、今後のコースウエア開発にあたっては、とくに「ゲーム開発専門家」の強力なパートナーシップを得られないプロジェクトにとって、 大いに参考になると思われるものである。また、今後本コースウエアに類するマルチメディア利用の開発研究に加わる専門を異にするプロジェクトチーム構成員 にとっては、「ゲーム開発専門家」が寄って立つ判断基準の一端を知ることによって、コースウエアづくりにおけるコミュニケーションの促進に資することがで きるものであろう。

 今後の研究課題としては、第一に、異なるタイプの「ゲーム開発専門家」集団の知見を本節と同様の方法により集めてみることが挙げられる。今回のインタ ビューの中で「ゲーム開発はチームによって全く異なる開発手法をもっている。それは開発チームをリードする専門家の背景にある専門性(主にシステム寄りか シナリオ寄りか)に大きく左右される」という印象が表明された。今後の開発にあたっては、ゲーム開発自体に複数の専門性が生かされていることを念頭に、 「ゲーム開発専門家」の背景となる専門性を意識したノウハウの抽出が期待される。

 第二に、本節と同様の研究手法を用いて、研究開発にたずさわった他の専門領域のメンバー(映像の専門家、評価の専門家、内容領域の専門家など)からも、 マルチメディア利用プロジェクトに関する知見を違った角度から集大成することが挙げられる。今年度の開発では、「ゲーム開発専門家」の発想を最大限に尊重 したコースウエアづくりを行なった。それゆえに、「ゲーム開発専門家」の立場を明らかにすることにまず着手した。

 今回の知見をもとにして、各領域の専門家の発想が共通なところ、また異なるところをあきらかにしていくことが、「魅力あるコースウエア」の設計開発のノ ウハウの客観化につながると思われる。本コースウエアの開発を考えた場合、従来の意味での「専門家」にあたるものは一個人ではなく、領域を異にした専門家 集団全体であり、一領域の専門性だけでは、ノウハウの全体像を明らかにすることにはならないと考えられるからである。

 研究課題の第三は、本節で用いた研究手法自体の向上が挙げられる。専門家のノウハウをインタビューによって顕在化する手法は知識工学の領域で「エキス パートシステム」を構築する際に、専門家からの知識獲得の主な手法の一つとして用いられてきているが、この手続きが最も難しいと言われている。専門家が問 題解決への行動を決定する指針としているものは、いわゆる「経験の積み重ねによる<勘>とか<直感>とか<感性>」による場合が多い。それを、コンピュー タ化できるレベルまで客観化(データベース化)しようとする作業が、エキスパートシステム構築のボトルネックとなっていることは、想像に難くない。今後は この分野での研究手法の発展を睨みながら、様々な開発研究においてノウハウの客観化を試み、明らかにされたノウハウのみならずその研究手法をも共通の知見 としていくことが強く望まれる。



2ー4 学習者履歴


2ー5 ネットワークシステムへの機能拡張