『 第30回日本視聴覚教育学会・第38回日本放送教育学会合同大 会発表論文集』21 - 22 (1993)

ARCSモデルによるCAI教材の動機づけ設計
Motivational Design of CAI Courseware using ARCS Model

〜ゲーム型教材「マリコ伯母さんの秘密」を例に〜
A Case Study of "The Secret of Aunt Mariko"


○鈴木克明    Katsuaki SUZUKI
 東北学院大学  Tohoku Gakuin University
 坂谷内勝    Masaru SAKAYAUCHI
 国立教育研究所 National Institute for Educational Research
 赤堀侃司    Kanji AKAHORI
 東京工業大学  Tokyo Institute of Technology



テレビゲームの開発ノウハウを取り入れたマルチメディア英語学習教材の開発を例に、CAI教材の魅力を高める「動機づけ設計」にARCSモデルの適用を試みた事例を報告する。


意欲 CAI 教材開発 授業設計 情意領域

1、「マリコ伯母さんの秘密」の概要

マルチメディア型英語学習CAI教材「マリコ伯母さんの秘密」は、使いやすい学習環境と学習への興味の持続を目指し、ロールプレイ型ゲームのノウハウを教 育ソフトに取り入れる可能性を模索したフィージビリティ研究の所産として開発された(ソフトウエア工学研究財団、1993)。研究開発は本報告の第3著者 を代表者とし、理論提示班(本報告の著者が属する)、シナリオ班(主査:宇佐見昇三)、評価班(主査:東原義訓)、開発班(コナミ)、評価第2班(関連 メーカー委員)の5つのワーキンググループを組織し進められた。

留学中の主人公健一が、手掛かりの写真とブローチをもとにして亡きマリコ伯母さんの留学時代の秘密を解き明かす5日間を描いたストーリーは、現地ロケで収 録した約200カット合計60分の映像(レーザーディスクから取り込む)とデジタル化した日英両国語の会話データやグラフィックスを統合して提示される。 英会話を正確に聴き取り、適切な判断で行動(マウスで選択)することができれば、謎に日一日と近づいていく。判断ミスが続くと、成績によって謎を究明でき なかったり、途中で時間切れになったりして、最初からの聞き直しになってしまう。いわゆるロールプレイ型のテレビゲームの手法で、主人公になりかわり夢中 で謎を追っていくうちにシャワーのように英語を聴き、副産物的にそれを理解できるようになることを目指した(飯田他、1993)。

2、ARCS4要因による「魅力」の理論的分析

本教材の設計にあたっては、プロジェクト初年度のプロトタイプ開発での経験を踏まえながら提出されたゲーム開発専門家からの企画を尊重し、専門家の経験と 独創性に基づいた企画に則って開発を進めた。理論提示班では、本教材がもつ「魅力」をARCSモデルの4要因を用いて分析することを試みた。ARCSモデ ル(鈴木、1992)の創始者であるケラー夫妻を招いて、初年度のプロトタイプと咋年度開発途中の教材を「魅力」という観点から吟味した。本教材の開発終 了時点で再び理論的分析を試み、2回の分析結果を次のようにまとめた。(補足資料へ

注意の側面では、マルチメディア利用の新しい学習環境による「新奇性」の効果、頻繁な問題提示による注意の持続、ストーリー性によるミステリーでの好奇心 の涵養、ピザ屋の突然の来訪などの予期せぬ出来事による「変化性」、一日一話の短いサブシナリオへの分解によるテンポの維持などがプラスに作用する一方、 テレビ画面としてとらえると教材利用者には「写りの悪いテレビ」程度にしか受け取られないかも知れない(技術的先進性が意識されない)可能性が示唆され た。

関連性の側面では、外国でのロケーションによる具体性、英語の対話に関する質問に答えることがミステリーを解くために道具的に機能していること、留学とい う内容自体が学ぶ意義を感じられることなどがプラス面であり、映像へのアクセスに残る「待ち時間」が利用者の不快感を招く可能性が指摘された。

自信の側面では、英語の「お勉強」であることを意識させないゲーム仕立の環境設定で過去の英語学習の失敗体験を想起させない効果、繰り返しチャレンジの許 容により失敗を恐れずに挑戦できる点、ていねいな説明書による不安感の除去、「リタイア勧告」を受け入れるか「危険を覚悟で進むか」の選択権の利用者への 委譲、自己ペースによる制御感などがプラスに作用する一方、単線的なシナリオの流れによるコントロール感の欠如と英語の実力という観点からの自信の向上が 期待できないことが指摘された。

満足感の側面では、KR情報の瞬時供与、ゲームゴール達成時の「充足感」、でき具合に応じた結末などがプラス面として示唆された。

本教材は、ARCSモデルの4側面にあてはめてみると、魅力的な学習環境の要素を多く備えていることが明らかになった。一方で、(1)理論的な「魅力」を 高める要素も、教材が念頭においている対象者に実際に使わせてみてその結果を評価するまでは確かではないという点と(2)「魅力」を高める要素は多ければ 多いほどよいのではなく、取捨選択して必要な方略を必要な場合にのみ使うのがよいという点に留保が求められた。設計目的が「魅力」を高めることにあったこ とは明確だったが、教材の「魅力」をどの側面を狙うことで達成しようとするのかを特定化することが課題となるとの結論を得た。

3、動機づけ設計の手順と実際

ARCSモデルのシステム的な利用を促すために、ケラーは「動機づけ設計」の手順を提唱している(Keller, 1987)。動機づけ設計の手順の中でとりわけ重要なステップとして、次の3点を挙げている。

  1. )学習者特性の分析:学習者の意欲を阻害している原因がARCSのどの側面にあるかを予測し、動機づけ設計の指針とすること。
  2. )動機づけ方略の選択的採用:必要なときのみに必要な種類の方略を盛り込むように、学習者特性の分析に対応して方略を選択的に採用すること。
  3. )形成的評価と教材の改善:教材が完成する前に対象となる学習者に試用させ、そこから得られるデータに基づいて教材を改善する過程を踏むこと。

前述のARCSモデルの4要因による理論的分析の手法と同じ方法で、上記の3点について、動機づけ設計過程について考察した。学習者特性の分析では、「新 奇性」の効果以外は、使用者が教材のどの側面によって動機づけられるかの予測がつきづらいことが示唆された。動機づけ方略の選択的採用の観点からは、変化 に富むシナリオにより、注意の側面に重点をおいた意欲の喚起が期待できる一方で、「面白いものをつくろう」と思うあまりに必要以上の方略を採用している可 能性があることや、「魅力」の特定化(本教材はどの側面に重点をおいて魅力を高めようとしているのか)が困難であることが指摘された。形成的評価と改善の 観点からは、プロジェクト内部の評価により評価を重ねているものの、これまでにないタイプの教材であり完成度の予測がつきにくいこと、教材の特性よりも斬 新な評価研究の状況設定によって学習者の意欲の源泉が影響を受ける可能性があることなどが指摘された。

4、形成的評価の実施と評価データの収集方法の模索

昨年度完成した「マリコ伯母さんの秘密」評価版を用いて、教材の対象となる大学生年代の協力者39名による形成的評価が行なわれ、評価班によって発案され た様々な評価データの収集方法が試みられた(余田、1993)。学習者を二人一組にしてその会話を記録し予め設定してある分類に基づいて整理する「プロト コル分析法(談話分析法)」では、教材の進め方に迷いがなかったこと、情意的に刺激があったこと、適切な行動選択には文脈を把握し会話内容に集中する必要 があったことなどの傾向がみられた。また、81項目からなる「質問紙法」では、聴取理解力が会話パターンの記憶学習などに比べてより上達したと感じている こと、これまでに一番面白かったテレビゲームと同程度に面白さが評価されていること、もっとこの教材を使って学習を続けたいことなどが読み取れた。質問紙 法での試みで興味深い点として、「はらはら」「ほっと」「めきめき」「もりもり」などの「気持ちをあらわす用語(副詞)」をARCSモデルの4要因に対応 させ、各要因の充足度を調たことがあった。

5、おわりに

本教材の開発では、これまでの教育目的のCAIの研究成果に基づいて教材設計の原則をたてるよりも、ゲーム開発専門家の経験を生かし、<ゲーム的要素>を 重視することで、「おもしろさ」を達成しようとした。また、ARCSモデルの4要因と「動機づけ設計」の手順を適用することで、本教材の特徴と学習意欲へ の効果の理論的分析(予想)を述べることができた。形成的評価の過程で得られたデータでは、概ねその予想は妥当であったことがわかった。しかし、本研究で 「もっとやりたい」と思える教材が開発できても、そのノウハウが一般化可能な共有財産になったとは言いがたい。本研究の一環として、試みに「ゲーム開発専 門家」の教材設計や開発過程における判断基準をインタビューした。エキスパートシステムを構築するルール表現のレベルで客観化するには程遠いリストづくり に終わったが、「ゲーム開発専門家」が寄って立つ判断基準の一端を知ることができた。ケラー自身が指摘しているように、「動機づけ設計の手順を踏んでも、 完全に機械的なアルゴリズム化ができると期待してはならない。常に経験、直感あるいは創造性に基づいた判断が要求される(Keller, 1987, p.1-2)」ことを実感せずにはいられない。今後も、優れた教材の開発を通しての研究知見の積み上げと、客観化への努力が待たれる領域であることは確か である。

参考文献

飯田隆之・赤堀侃司・高島秀之・菊山昭(1993)「ゲーム性のあるマルチメディア教育ソフトの開発と実践」『日本教育工学会第9回大会発表論文集』
Keller, J.M. (1987) The systematic process of motivational design. Performance & Instruction, 26 (9), 1 - 8.
鈴木克明(1992)「授業設計モデル研究における情意領域の扱いをめぐって−ARCS動機づけモデルを中心に−」 『 第29回日本視聴覚教育学会・第37回日本放送教育学会合同大会発表論文集』31-32
ソフトウエア工学研究財団(1993)『新コンピュータ支援教育システムの開発に関するフィージビリティスタディ報告書』 機振協システム開発報告書4ーFー9
余田義彦(1993)「マルチメディア教育ソフト『マリコ伯母さんの秘密』の形成的評価」『日本教育工学会第9回大会発表論文集』