『第7回私立大学情報教育協会大会発表論文集』109 - 112 (1993)

ドイツ語単語ドリルの開発と利用
〜失敗例からの報告〜


東北学院大学教養学部 鈴木 克明
佐伯  啓
風斗 博之
東北学院大学工学部  岩本 正敏



概要:ドイツ語入門期の単語習得を補助するマルチメディア(絵と音声)を用いたドリル教材を開発した。システム的な手続きで、多方面の専門性を結集して教 材開発を指導し、一定の学習効果をあげられる教材ができたが、結果的に失敗に終わった。本報告では、その体験に基づいて作成した教材の自己点検チェックリ ストを提案し、より効果的な教材を目指した教材改善の様子を述べる。

1、ドイツ語単語ドリルの設計


本研究グループでは、学内に点在する各種情報機器と3つのキャンパスを結ぶネットワークの有効利用を目指し、「キーボードリテラシ」を習得してか ら大学に入学してくる世代への高等教育での非情報系の情報教育のテーマとして「ネットワークリテラシ」を想定した研究を進めている。日々の学習に情報機器 を手段として用いる中でいわば間接的に「ネットワークリテラシ」を育成するための第一弾として、初級ドイツ語単語の習得を助けるドリル教材をネットワーク 上に準備するための作業を開始した。

(ドイツ語教師の発想)

初級ドイツ語では、文法事項を扱うことに授業時間の大半が割かれており、単語を体系的に学ばせることができにくい状況におかれている。卒業研究でCAI教 材を共同制作するプロジェクトから、大学教育で実際に使える教材を開発したいという申し出があり、初歩の単語をコンピュータ相手に自学自習できる教材があ れば役に立つと考えた。マッキントッシュでの開発ということで、単語の絵やドイツ人教師の肉声を組み合わせたドリルで学習させれば、一定の効果が期待でき ると考えた。

(教育工学からの発想)

コンピュータの操作や教材開発の環境がなるべく「透明な」マッキントッシュで教材をつくれば、教材の構成に集中でき、学習効果の研究が成立すると考えた。 これまでに研究を重ねてきた「暗記のためのドリル制御方略(覚えたものと覚えられないものをわけて覚えられないものに集中して練習するための単語選択制御 を埋め込んだドリル;鈴木、1989;鈴木・岩本・屋代、1989)」を利用すれば、単に絵や音を用いた提示型教材よりも効果的な教材が開発できると考え た。

(システム工学の発想)

ネットワークに対応させるといっても、まず単体で効果的に学習が進められる教材が用意するのが先決と考え、操作性のよいマッキントッシュで開発することに同意した。

2、ドイツ語単語ドリルの開発と評価


発表者がコーディネータを務めた教養学部の総合研究(卒業課題)に「ドイツ語教材開発プロジェクト」を結成し、教材設計と評価を担当する人間科学専攻の4 年生2名とプログラミングを担当する情報科学専攻の4年生2名にドイツ語単語ドリルを開発させた(添付論文要旨参照)。入門期の200単語を学問名、曜日 と月、野菜と果物などの10分野20単語ずつに分類し、分野ごとに音声と文字及びイラストによる提示と練習、さらに200語全部を扱う総合練習からなる教 材とし、練習には効果的学習のための制御方略を埋め込んだ。

教材の構成を確認し、教材評価のためのテストやアンケートを作成した後、ドイツ人教師の肉声サンプリングやイラストのスキャナ入力などを経て、暫定版(α バージョン)を開発した。内部評価と改善の後に完成した試用版(βバージョン)は8メガバイトの大作であった。ドイツ語I履修中の学生18名に2週間試用 版を使って学習させてその効果を測定した。

教材に含まれている200単語全ての日本語訳を記入させる再生式テストの結果、教材使用前の記入が平均79個であったのに対し、使用後は平均179個と平 均100単語の上昇がみられた。この上昇は、単語リストを配付して学習させた統制群18人の成績上昇(平均75個から152個への78単語の上昇)に比べ て統計的に有意なものであった。

卒論においては、設計、開発、評価を担当した学生がそれぞれにこのプロジェクトの成功を結語とした。システム的な教材設計の手続きに基づき、絵や音声をふ んだんに用いて、操作性の高い教材をていねいに作成した結果、学習効果も上がった。教材利用者全員が「利用価値があった」との肯定的な意見を表明した。し かし、当初の計画に反して、開発された教材は本年度からのドイツ語の授業の一環としてそのまま使われることにはならなかった。

3、何が失敗だったのか?


(操作性)

今回開発した教材はドイツ語の単語を覚えるための道具であり、コンピュータの操作を覚えるためのものではない。よって、ドイツ語の習得に神経を集中できる よう、コンピュータを使っていることを意識しなくても教材を使用できる「操作性」が高くなければならない。その点、開発に使用したマッキントッシュは「ア イコンをクリックする」マウス操作によりほとんどの意志決定ができるいわゆる「道具としての透明度」の高いものである。今回開発した教材も、使用者登録の プロセス以外の全ての選択をマウスクリックで行なうようにインタフェイスを統一しており、その点で問題があったとは思えない。

(了解性)

ドイツ語の単語に対応させるイラストが一見しただけでは何の絵かがわかりづらいという指摘があった。操作性を向上させるために用いる「アイコン」の了解性 (消しゴムの絵が消しゴムと一目でわかること)問題になってきているが、今回の教材でも、それに類する了解性の問題が露呈した。使用したソフトウエア「ハ イパーカード」がカラー表示を標準としていない点や、動きの伴う表現を用いなかったという点で、了解性が妨げられたかも知れない。しかし、わかりづらいイ ラストには、内部評価の時点で日本語による説明を追加したことで、試用版からは了解性が(本来の解決方法ではなかったが)確保されたと思われる。

(学習効果)

ただ単に教材を使用させるだけでは、その教材のねらいがどの程度達成されたかがわからないので、教材使用前と使用後に同一のテスト(事前・事後テスト)を 実施し、その差を検定した。また、CAI教材以外での学習と比較するために統制群を設け、プリント学習とCAI学習の差も検討した。いずれも統計的に有意 な差が認められた。

今回開発した教材には、単語を分野ごとに分類し、関連するものを集中的に覚える配慮があった。また、各分野の練習においては覚えたもの(正解した単語)は 順次除去されて覚えられない単語だけが残る制御により、苦手な単語に集中して練習する構造になっていた。分野を変えるたびにその分野の単語がランダムに並 び替えられ、提示順序によって覚えてしまう弊害も防いでいた。

しかし、研究グループの中から、学習期間(2週間)が経過した直後に行なった事後テストでは効果が見られたが、その効果が果たしてどの程度持続するのかと いう点に対しての懸念が表明された。CAI教材の使用が年度末であったため、記憶保持の状態を調べる保持テストを一定期間(たとえば3箇月)が経過した後 に実施することができなかったので推測の域を出ないが、教材そのものの設計が長期間の記憶を助ける構造になってなかったのではないかという反省へと結びつ いていった。
(動機づけ)
今回のCAI教材によるドイツ語の学習が、評価に参加した学生たちにとってとても珍しい体験であったため、いわゆる「新奇性」の効果により、教材を使って の学習への意欲を高めることができたようである。この点は、実施したアンケートなどの結果にあらわれていた。しかし、この種の教材を繰り返し用いて学習を 続ける場合を想定したとき、果たして意欲を維持できるのであろうか。

学習への動機づけという観点から今回開発した教材を再検討すると、構造が単純でわかりやすい反面、出題パターンを学習者の好みによって選択できるというよ うな柔軟性に欠けているのではないかという懸念が表明された。確かに、総合問題で分野を問わずに練習をすることか苦手の分野を選択して集中的に練習するこ とを利用者が決められる点で出題範囲の選択権は与えられていた。どの分野から取り組むかの学習順序の選択権も与えられていた。リハーサルモード、練習モー ド、テストモードを自由に決められるという程度の学習様式の選択権もあった。練習モードには、提示される選択肢の数を2個から20個の範囲で指示するこ と、文字表示をするかしないかの選択、時間制限を設けるオプションなどの形で、難易度の調整権も与えられていた。

しかし、教材全体を通して、出題のパターンはドイツ語単語の表示(音声/文字)、日本語ないしは絵を選択して回答というものだけだった。覚えられなければ 同じタイプの練習をただ繰り返すだけであった。ドイツ語とその日本語訳をつなげるためのヒントもなければ、気分をかえて取り組める別な様式の練習もなかっ た。単語を覚えるのも結構楽しいという印象をもたせる教材が用意できればよいが、逆に否定的な体験になってしまってドイツ語学習そのものへの取り組み姿勢 に悪影響を及ぼすことは何としても避けなければならない。教材使用の意欲を長続きさせるためにも、また同時により効果的な長期に及ぶ記憶につなげるために も、教材の再設計が望まれた。

(運用性)

今回の教材は、試用版で約8メガバイトの容量に膨れ上がってしまった。これは、音声の品質を確保するためにサンプリング率を落とさなかったためであり、音 質を犠牲にすれば約3分の1までに小さくすることは可能である。しかし、それでもネットワーク上にこの教材を設置し、それを複数台のマシンに使用の都度転 送することは現時点では実際問題として不可能なサイズである。今回の評価では、あらかじめ各々のマシンのハードディスクに教材一式を用意し、教材そのもの を移動することを避けた。しかし、ネットワーク化を指向した本研究グループの教材のあり方としてそれでよいのかという疑問が呈された。

今回は透明性の高いマッキントッシュで開発したが、機械に縛られない教材の共有化も検討されなければならない。マルチメディアの全データデジタル化の時代 を想定し、異機種間でのデータ互換ができるようなポータビリティを確保したい。さらに、ネットワーク環境をいかしたキャンパス間の教材共有化にも耐えられ るような、教材開発のプラットホームの開発も必要となることが指摘された。

4、ドイツ語単語ドリルの再設計と開発


現在進行中のドイツ語単語ドリルの改造には、次の項目が含まれている。

(1)ドイツ語単語の例文への埋め込み

単語を覚えるための重要なヒントとして、その単語が用いられる例文を提示する。例文の選択は慎重に行なっており、「お勉強」的にならないよう、極力現実性をもたせる。ドイツで現在進行中の時事問題やドイツ旅行で用いられる発話などを中心に検討している。

(2)単語が使われるシーンの再現とそこでの練習

マルチメディアの特性を活用して、野菜や果物の単語にはドイツの市場での買い物シーンといった具合に、真迫性のあるシーンを再現し、その場面での単語の運用を練習させる。

(3)複数の練習パターン(学習様式)の準備

上記の(1)や(2)を検討することで、同じ単語群を練習するために複数の場面設定を用意し、それぞれに回答方式のことなる練習を利用者が選択できるよう に準備を進めている。その他にも、クイズ形式やゲーム形式などを取り入れて、同じ形式の練習を繰り返さず、同じ単語群でも異なった角度から、異なった場面 で多角的な練習が可能なように工夫している。

(4)了解性を高めるイラストのカラー化

トマトやバナナなどのようにイラストをカラー化することで一見して判別できるようなものをカラー化して、その効果を確かめたい。白黒をベースとしたハイパーカードにカラーイラストが使われることで、それを際だたせる効果が期待できる。

今回の教材改造には、本プロジェクトのメンバーが直接あたり、プロトタイプの評価をドイツ語の履修生に協力を求めながら実施している。9月の発表会には、今回の教材開発の失敗例からいかに多くのことを学んだか、その成果を披露させていただきたい。

(参考文献)

安部一郎・熊谷俊彦(1993)『CAI教材ドイツ語単語ドリルの開発』東北学院大学総合研究論文
池田清(1993)『CAI教材ドイツ語単語ドリルの設計と形成的評価』東北学院大学総合研究論文
石山悟(1993)『ドイツ語基礎単語学習におけるCAI教材の利用効果についての実証的研究』東北学院大学総合研究論文
鈴木克明(1989)「テレビ番組による外国語教育を補うドリル型CAIの構築について」『放送教育研究』 17、21-37
鈴木克明・岩本正敏・屋代成夫(1989)「 ものめずらしさを超えたCAI教材-学習意欲の分析とドリル・シェルの開発(1)-」『第15回全日本教育工学研究協議会全国大会発表論文集』183-186

表1、自作CAI教材のチェックリスト

(操作性)
□ コンピュータの操作が煩雑でないか
□ 教材の内容に神経を集中できるか
□ 「道具としての透明度」は高いか
□ インタフェイスは統一されているか

(了解性)
□ イラストは一見しただけで何の絵かがわかるか
□ 画面構成の一貫性は保たれているか
□ 回答の方法は明確か

(学習効果)
□ 教材のねらいがどの程度達成されたかわかるか
□ 教材使用前と使用後に同一のテストを実施したか
□ 記憶保持の状態を調べる保持テストを実施したか
□ 統制群を設けて学習の差を検討したか
□ 関連するものを集中的に覚える配慮があったか
□ 苦手な箇所に集中して練習する構造か
□ 提示順序によって覚えてしまう弊害はなかったか
□ 長期間の記憶を助ける構造になっていたか
□ 多種多様な、多角的な練習が可能か

(動機づけ)
□ 「新奇性」の効果により学習意欲を高められたか
□ 繰り返し用いて学習を続ける場合を想定したか
□ 学習者の好みによる選択の幅があるか
  (出題範囲の選択権、学習順序の選択権、学習様式の選択権、難易度の調整権など)
□ 出題のパターンはただ繰り返すだけでないか
□ 気分をかえて取り組める別な様式があったか
□ 「お勉強」的でなく現実性・真迫性があったか

(運用性)
□ ネットワーク上に教材を設置できるか
□ ネットワークを介して転送することは現実的か
□ 機械に縛られない教材の共有化は可能か
□ 異機種間でのポータビリティは確保したか
□ 教材開発の量産体制へのプラットホームはあるか