『 日本教育工学会第8回大会発表論文集』486 - 487 (1992)

論述式答案の分析による教授活動の評価


鈴木克明
東北学院大学


1、はじめに

1ー1研究の背景

自らの教授活動を点検し、改善していく手続きはシステム的アプローチのかなめであり「形成的評価」の研究として発展してきている(鈴木、1987)。アン ケートを最終講義に実施して受講生の声を次年度に反映しようとする手法が一般的であるが、いわゆる「スマイルテストの限界」によって表面的な評価に終始し てしまう危険性をはらんでいる(鈴木、1991)。

教授活動の評価は、学習活動の評価と表裏一体をなすものである。すなわち、受講生に与えられる評点が講義の目標への到達度に基づくものであれば、より多く の学生が目標に近づくことが教授活動の成功を裏付けていると解釈でき、講義の印象や提言等のアンケート調査の結果は副次的に用いられるべき性質のものとい えよう。

講義の目標が、情報の記憶にとどまらず、論述や独創性といったより高次の認知的目標にある場合、学習成果の評価そのものが困難であり、それが即ち教授活動 の成果に基づく教授活動の評価、改善を困難にしている。一方で、人間の情報処理モデル、とりわけスキーマ理論の研究で、自由再生式の解答を処理すべきもと の文章と比較するためにアイディアユニット(IU)に分解して整理する手法が確立しており(e.g., Mayer & Bromage, 1980)、講義内容と論述式答案を比較し、解答の独創性等を表す指標を得る可能性が期待できる。

1ー2研究の仮説

(1)論述式答案を分析する手法として、IUに分解しそれを分類する方法が適用可能である。
(2)論述式答案の得点と講義についてのアンケート調査、ならびに講義への参加度を用いて、学習成果に基づいた教授活動の評価ができる。

2、研究の方法

2ー1研究協力者

研究の対象となった講義「教育工学」は教養学部の選択専門科目(半期2単位)であり、受講生は131名であった。受講生の88%は2年生で、男女比は 6:4、教職課程を履修している者は全体の23%であった。受講生のうち、定期試験か事後アンケートかのいずれかを完了した128名が分析の対象となっ た。

2ー2研究手続き

講義初回に、講義の目標、講義内容、評価方法等を「講義概要」として配付した。毎回の講義では、最後の10分程度で「コメント」を書かせて提出させ、出席 調査とした。第7週より任意課題のレポートの添削を受け付け、その最終締め切りを定期試験日とした。講義最終回に、無記名でアンケート調査を行ない、2週 間後の大学指定日に定期試験(論述式)を実施した。

2ー3教授活動評価の材料

出席は、毎回のコメント提出回数によって記録され、その範囲は0から12(回)である。

レポートは、任意課題で、最終稿をA、B、C、Dの4段階で評価すると共に、添削指導を受けた回数を記録した。

アンケートは、講義の印象(5段階のSD法9項目)、講義の主観的成果(4段階の同意尺度6項目)、及び来年への提言(自由記述)等からなっていた。

定期試験は、制限時間60分で持ち込み可の論述式で行なった。未扱いの身近かな問題解決状況3例のうちから1例を選択して、講義内容を踏まえて「教え方」を提案するものであった。AからDの9段階(+/-含む)で評価すると共に、次節で述べる分析手法で得点化した。

2ー4論述式答案の分析手法

定期試験の答案を、IU(文又は文節で、1つの事実内容を含むもの)に分割し、それぞれのIUを、試験で提示された採点基準の説明等に基づき、表1の9つのカテゴリーに分類した。

各答案には、IU総数と各カテゴリーのIU数の他に、次の指標を仮定し得点を与えた。

講義応用度指数=(イ+キ)/総数
独創性指数=(ウ+エーオ+カ)/総数
答案完成指数=(総数ーオークーケ)/総数

3、研究の結果

(1)IUへの分析
論述式答案に含まれているIU総数の平均は20.8個(SD=6.9)で、カテゴリー別のIUの数は表1に示されているとおりであった。講義応用度指数、独創性指数、答案完成指数はそれぞれ4.2(SD=9.2)、79.3(SD=24.1)、86.9(SD=19.7)であった(いずれも%表記)。

答案の9段階評価との相関は、上記の3指数及びIU総数との間に有意であった(順に、r=0.23、0.37、0.52、0.49; p<0.01)。IU各分類と答案評価との相関では、与えられた問題状況そのものについて論述した量(ウ)が多いことが高得点に直結していないことがわかった。

(2)出席、レポート、アンケートとの関連
講義への出席は平均9.7回(SD=2.7、最頻値 12回)と高率であり、任意レポート提出者は全体の73%(平均添削回数1.5回、最頻値1回)、4段階評価の最終結果はA17%、B32%、C40%、 D11%であった。アンケートでの講義の印象は総体として肯定的であり(9項目の合計で平均32.7、範囲9〜45、SD=5.9)、講義の主観的成果も大きいと受け取られていた(6項目合計の評価平均11.4、範囲0〜18、SD=3.1)。

従来の評価による論述式答案の9段階得点と出席回数、講義の印象及び主観的成果との間には統計的な有意差がみられなかった。しかし、IUへの分析後、出席 回数の多い者には提案理由(C)が多く、無関係の記述(D)が少ない傾向が、主観的成果を高く答えた者には自己流の理由づけ(カ)が多い傾向が、またレ ポート評価が高い者には「教え方」の提案(エ)が多く書かれる傾向がみられた(いずれもp<0.01)。

4、教育的意義

第1仮説では、従来の論述式答案の評価とIU総数・指標による評価との間の整合性が示唆された。第2仮説では、従来の評価方法よりも、IU分析の方が講義の他の評価手段との関係がより詳細に特定できる可能性が示唆された。

今回の探索的研究では、IUへの分解作業の信頼性や、分類枠や指標の妥当性といった研究法上の問題点が残っている。また、教授活動の評価要素相互の関連モ デルが因果関係を模索するためには不可欠である。これらの点については今後の研究に委ねたい。論述式答案の構成が講義のどの要素によって影響を受けていた かを特定することで、教授活動の評価をより詳細に行う方法論を確立し、次の教授活動の計画に反映させることが期待される。

参考文献
Mayer, R.E., & Bromage, B.K. (1980). Different recall protocols for technical texts due to advance organizers. Journal of Educational Pychology, 72(2), 209-225.
鈴木克明(1987)「CAI教材の設計開発における形成的評価の技法について」『視聴覚教育研究』17、1-15

鈴木克明(1991)「受講生調査に基づいた教授内容及び方法の改善について」『東北学院大学教育研究所紀要』10、1-14