仙台市教育委員会編(1992)『平成3年度教育ソフト事例集』、編集委員、分担執筆(第2部)
学習指導に利用するコンピュータ教材を手にしたとき、また、教育ソフトの開発事例に接したとき、その教材が授業でどのように使われたのだろうかという疑問
が沸いてきます。「何のために開発したどんな教材があるのか」は、教育ソフト事例集を見ればわかりますが、「その教材を授業でどのように使ったのか」を詳
しく知ることはできません。同じ教育ソフトでも授業の流れに位置づける方法はいろいろ考えられ、使い方次第で効果的な授業をつくる強力な材料にすることも
できれば、そのチャンスを失うことにもなりかねません。また、使い方を工夫することで、これまで以上の効果をあげたり、ちがった目的に役立つ可能性もある
わけです。
「この教育ソフトを使ってどんな授業をしたんだろう」との疑問に答える一つの有力な手段に、「学習指導案」を教育ソフトに添付することが挙げられます。綿
密に計画して、少なからぬ労力をはらって、せっかく開発したソフトです。努力の結晶を授業実践に広く役立たせるためにも、教育ソフトを開発した先生方は、
「教育ソフトには学習指導案を添付する」ことを実行したいものです。また、ソフトを活用して授業を実施する先生方は、自分の学習指導案をつくって、自分な
りのソフト活用法を模索することを心がけたいものです。同じ教育ソフトを活用された先生方同志で学習指導案を囲んで、教育ソフト自体の検討に加えて、その
活用方法をめぐっての議論がもたれることを期待します。
第2部の「コンピュータ活用授業の指導案例」では、コンピュータ活用の授業についての学習指導案を用意するためのヒントとして、チェックしたい点をまとめ
ました。また、これまでに教育ソフト事例として紹介されたものについての学習指導案を校種別に一つずつとりあげました。教育ソフトの活用方法を検討するた
めに役立ててください。
教育ソフトの利用方法を検討している先生方に自分の実践を紹介するという立場から用意する学習指導案に要求されることは、第一に「わかりやすさ」で
す。コンピュータの学習指導利用において、どんな学習ソフトが、授業展開の中のどのような役割を担うことを期待されて、どのように位置づけられて活用さ
れ、それによってどのような効果(功罪両面を含む)があったかを読者にわかりやすく書くよう工夫したいものです(図1参照)。
ここで紹介する指導案作成上の留意点は、あくまでも「わかりやすい」指導案にするためのチェック項目です。「わかりやすい」とは、自分の計画を明確
に相手に伝えることができるという意味ですから、それがそのまま「よい(妥当な)」授業計画であるとは限らないことに注意が必要です。「わかりやすい」指
導案は、自分の計画の長所も短所も伝えるものですから、むしろよい授業計画への議論の出発点としてとらえるべきです。したがって、教育ソフトに学習指導案
を添付するのは、「これがこのソフトの正しい使い方です」という主張をするためではなく、「こう使ったらこうなりました。このソフトの使い方について他に
アイディアはありませんか?」という問いかけであると理解したいものです。
コンピュータ利用の学習指導案は、一般の指導案の場合よりも、同学年同教科の指導経験のない先生方に興味をもたれることが多いようです。「コン
ピュータ利用」という共通項があるので、ちがう内容をちがう学年に教える場合にも、どのような授業の組み立てをしているのかなどが参考になるからです。し
たがって、授業内容の前後関係をおおまかに解説し、単元における授業の位置づけ、既習基礎事項の学習時期などが教科外、学年外の先生方にもわかるよう配慮
することが求められます。
1、授業のねらいが明確か(学習目標が明示されているか?美辞麗句ではだめ)
2、達成をいつどうやって調べるのか(テストやアンケートは?評価のスケジュールは?)
3、授業展開が想像できるか(児童生徒が授業中何をするのか?教師の指示や発問は?)
4、ねらい達成の手段があるか(目標と活動が対応しているか?目標が棚上げされてないか?)
5、児童生徒と教師の活動が区別できるか(学習活動と教師の指導を分けて書いているか?)
6、およその時間配分があるか(主な活動毎に予定時間を明記しているか?展開=40分ではだめ)
7、授業で使う資料が添付されているか(配付プリント、板書案、その他の準備物の説明は?)
8、位置づけ、役割が述べられているか(単元レベルでの計画は?細案か?)
9、読みやすく書かれているか(一目でわかるか?枝葉末節に過ぎないか?)
10、他人の目でチェックしてあるか(同僚に見せて不明な点を書き直したか?)
教科や学年の枠を超えた先生方にもわかりやすい指導案にするためには、授業の位置づけや単元のとらえ方を記述した、いわゆる「細案」を用意することが望ま
しいでしょう。また、従来の教育工学的手法に忠実なあまりに、枝葉末節に過ぎてしまい、かえってわかりにくい指導案にならないよう注意が必要です。以下に
指導案細案の一般的な各項目にしたがって、留意点を挙げます。表1に掲げる「教育ソフト利用指導案チェックポイント」は、指導案作成時のチェック項目とし
て活用してください。
学習指導におけるコンピュータ利用は、教科の学習指導の中に位置づけられて実施されることになります。年間を通じて、あるいは入学から卒業までの「コン
ピュータ関連の指導カリキュラム」を一方で持ちながら、教科指導の内容の単位である単元/題材の計画の際にコンピュータ教材の利用を検討し、その教科指導
の枠組みのなかで学習指導案を用意することになります。
改めて言うまでもなく、単元/題材の記述では、単元の出口(単元の目標、教材観)と入口(児童生徒の実態)を明らかにし、単元の入口にある児童生徒をどの
ように援助して出口に近づけるか、つまり指導方法(指導観)を提示することになります。誰に何をどのように教えるのかを単元レベルの指導計画で明確にし、
その時点でどの授業で何の目的でコンピュータを取り入れるかを考えることが肝要です。
児童生徒の実態(入口)の説明には、コンピュータに対する経験の程度を明記します。コンピュータを使った学習の経験がどの程度あるのかを知ることでどの程
度「機器操作についての指導」が必要かが判断できるでしょう。また、コンピュータ学習がどの程度「珍しい体験」、あるいは「楽しい/嫌な体験」と感じられ
ているのかの調査結果があればここに記述します。図や表を用いる工夫も「読みやすさ」につながるでしょう。
指導観を書くときには、コンピュータが授業展開上で果たすと期待されている役割を明確に打ち出した表現を工夫したいところです。例えば、個別指導に役立て
たいというかわりに、授業展開上のどの部分を主に個別に対応していくためのものなのかを次のように明らかにすることが可能です。(図4の授業展開の9ス
テップも参考にしてください。)
「教育ソフト利用指導案」チェックポイント
伝統的な教育工学的な手法(目標の行動化、下位目標関連図、コースアウトライン等)を使って学習目標を明確化することを試みている学習指導案が多く見受け
られます。明確化を意図するのはよいのですが、細かくなりすぎて肝心な目標を見失ったり、かえってわかりづらくならないように留意したいものです。
指導計画の単位が単元/題材のレベルであることを考えると、むしろ、目標同士の関連は単元/題材の段階で明らかにしておき、本時の指導では単元の中の本時
の役割を明確にすることを主眼にする方が合理的のように思えます。本時の学習目標は本時で扱うもののみに限定し、そのうち前時までに導入したものの再出は
どれで、新出のものはどれかを明らかにする工夫が求められます。全て前時に一通り説明してあり本時のコンピュータ利用はそれについての「練習」の時間であ
るならば、その旨を明示したいところです。
ここでは、当面、これまで本時の指導の項目で用いられて来たいわゆる教育工学的な記述法で本時の学習目標とその下位目標行動を詳細に書くかわりに、目標同
士の関連を図示することを提案しておきます。呼び方は色々ありますが、学習目標とその下位目標、関連目標を図示する手法です。本書に収められている学習指
導案には、本時の目標に関して、この手法が試みられていますので、それを参照してください。
本時の指導過程を書くとき、一番留意したい点は教育ソフトの構造と指導過程の構造を混同しないようにすることです。指導過程では、教育ソフトをどのように
使うつもりなのかがわかるように書くことを主眼とします。教育ソフト自体の説明よりも、コンピュータ使用部分と教師の説明やグループ活動などとの関係や、
ソフト利用中の教師の指導などについて詳しく描写すると、授業の様子が想像しやすくなります。教育ソフト=授業展開ではないですから、同じソフトでもちが
う授業展開が工夫できるのです。
指導過程を明確化する一つの方法として、本時の指導過程には使用するコンピュータ教材の構成の詳細は書かずに、別に「ソフト構造図」(図3参照)を添える
ことを提案します。どんな教育ソフトを使って授業しているのかを知りたい場合は、指導案に添付されている「ソフト構造図」を参考にしてもらいます。そし
て、その教育ソフトを授業の流れにどのように位置づけているのかを知りたい場合に、本時の指導過程表を見てもらうようにします。この区別を明確にすること
で、教育ソフト自体の吟味とソフト活用法の善し悪しの検討を、意識的に分けて行なう習慣を身に付けたいものです。
<ソフト構造図> 特徴:自作(平成3年度)、個別学習用、チュートリアル型、直線型(治療画面付)
図3 ソフト構造図の例(小学校4年算数より)
「ソフト構造図」では、(1)どんな画面がいくつあるのか、(2)画面と画面のつながりかたはどうか、の2点が明確になるように留意して、ソフトの全体構造が一目でわかるような図を用意することが望まれます。
本時の指導過程表では、授業での児童生徒の活動と教師の指導の意図がわかるように留意し、授業の大まかな流れと指導上の留意点を中心に書くようにします。
コンピュータ教材を児童生徒が直接使用して個別あるいはグループで学習をすすめる部分では、コンピュータ教材の中身について詳細に記述するよりも、その際
の教師の動きや指導上の留意点をより詳しく書くことを心掛けたいものです。
(6)指導過程
授業展開 | 学習活動 | 指導の留意点 | 準備物 | |
5分 | 学習目標の明確化 | 教師の説明を聞く | ソフト利用のねらいを定めさせ、自己のペースでじっくり取り組むよう促す | 本時の学習目標を板書 |
35分 | 前時の復習 新出事項の説明と指針 練習とフィードバック |
ソフトで個別に学習をすすめる | 机間巡視により疑問点を指導する タイプA練習画面までは全員いかせたい 時間前終了者に応用プリントを配付する |
自作ソフト 応用プリント |
5分 | 本時の整理 | 教師の説明を聞く | ソフト使用を終了させ、板書した本時の目標を振り返る |
個別のペースで学習を進めさせる場合、学習速度の差にどのように対処するつもりかを計画しておくことが重要です。例えば、学習ソフトの基礎練習までは全員
到達を目指し、応用練習は発展学習とみなす、早く終わった児童/生徒には応用練習を繰り返しやらせる(あるいはプリントの練習問題をやらせる)など、学習
時間の個人差に応じた指導過程を工夫し、その確認を指導の留意点に明記するとよいでしょう。
指導過程を記述するときに、「導入、展開、終結」といった授業の区切りを明記する場合が多いようです。しかし、それだけでは、授業で行なわれるそれぞれの
学習活動が学習目標に近づくためのどの段階の指導なのかがはっきりしないことがあります。本時の指導過程に含まれている学習活動が、学習目標との関連にお
いて、どんな種類の働きかけとして計画されたものかを意識的に伝える工夫が欲しいところです。図4に紹介する「9つの授業事象」を意識して授業展開の欄を
書くのが一つの方法です。
図4 授業展開の9ステップ
評価の計画について、どんな点をどんな方法を用いていつどのように行なうのかを記述し、それについて用意した道具(テスト、アンケート、面接項目など)を
添付すると、授業の成果を確認し、コンピュータの使い方がうまくいったかどうかを判断する観点が明らかになります。例えば、「ソフト構造図」などで例に挙
げた小学校4年算数の授業の場合であれば、次のような評価の観点が考えられます。
指導案の授業実施後は、実施の記録、評価テストの分析、実施後の話し合いの結果などをまとめて、実施報告を作成します。コンピュータを使った結果はどう
だったのかを振り返ってまとめておくことは、新しい指導方法であるだけに、自らの次の実践に大いに役立つことでしょう。また、「どんな結果が出たのか」
「授業実施者や参観者はその結果をどのようにとらえているのか」等を学習指導案と共に報告してもらうと、他の先生方にとって貴重な実践記録になります。
事前事後テストの分析には本時の目標の関連を表現した「目標関連図」(図2)を用いる方法が考えられます(図5参照)。また、授業後の話し合いの観点としては上記の評価の観点を検討し、その結果をまとめておくとよいでしょう。
図5 事前事後テスト分析の例(図2に対応)