『東北学院大学教育研究所紀要』10、1-14 (1991)
受講生調査に基づいた教授内容及び方法の改善について
〜教職専門科目『教科教育法(社会)』後期分の場合〜
東北学院大学 鈴木 克明
1、はじめに
教員の実践的指導力の向上が求められる中、教員養成課程のあり方がさまざまな形で問われている。小金井(1977)は、教師教育と教育工学の関連を模索する中で、「最も旧態依然とした形の教育が行われているのは、教師教育そのものである(p161)」と述べている。大学における教員養成のあり方を検討することが、どの程度実践的指導力の向上に、直接的であれ間接的であれ、結びついていくのかということは定かではない。大学では基礎的な知識を教授し、実践的指導に関わる技能は実地の研修に委ねるのが現実的であるとするような見方には、教員養成課程の吟味について、限定的もしくは消極的な立場が反映されている。しかしながら、教員養成に携わる者が、教員の質向上に全く無関心である訳にはいかない。とりわけ、ある特定の教科指導を念頭に、「何をいかに教授するか」を扱う科目として設置されている「教科教育法」や、新免許法で履修が義務づけられた「教育方法及び技術に関する科目」のあり方は、恒常的な吟味が求められる。医者の不養生といわれるような事態を避けるためにも、教育方法を講ずる者が自らの教授法を省みる手だてを模索することは不可欠であると考える。
本研究は、筆者が担当している「教科教育法(社会科)」の後期分について、その教授内容と方法を吟味するために実施した受講生対象のアンケート調査の結果とそれを受けての講義の改善経過について報告するものである。研究の目的は、第一に、講義目的の達成状況を調査する手だてとして意図した方法がどの程度効果的なものであったかを吟味すること、第二に、教授内容及び方法を改善するための資料を得る手段として調査がどの程度有効であったかを吟味することにあった。
2、研究の背景
2ー1、「教科教育法」のあり方についての研究
大学における教員養成課程のあり方をめぐっての研究が盛んに行われている中、本学において「教科教育法(社会)」の授業改善をその直接的な目的とした調査が数年前に行われている。「教科教育法(社会)」の授業が現場の実践にどう活かされているかを調べる」(p.1)ために、本校卒業生で社会科を教えている(た)者を対象にした第1回調査(村田・八幡、1984)及び学校長と指導主事を対象にした第2回調査(村田・八幡、1985)では、次のような調査結果を得ている。
- 第1回、第2回の調査共に、回答者の75%以上が「教科教育法(社会)」が役に立っていると考えているが、その理由は「直接社会科の授業に」ではなく、「考え方、知識、教養として」の間接的なものがほとんどであった。
- 卒業生の求める社会科教育法の授業改善点については、回答者の45%が「ひとりの教師でなく、教科専門の教師と方法論の教師との協力的教授」を希望、また学校長・指導主事も65%が内容論と方法論の専門家による共同的な教授がふさわしいとした。
- 卒業生の62%が社会科教育法の「内容を改善すべき」に賛成し、内容の改善点としては「現場との交流を」、「教科書に即するように」、あるいは「新教授法などの方法論の立場で」としたものが多かった。同様に、学校長や指導主事も、「新教授法などの方法論の立場」に立った改善点を挙げた回答がめだった(59%)。
この調査をまとめた村田・八幡は、実践的技能の習得を目指す「教科教育法」の実現が望まれている中で、それを妨げているものとして、大学における「生徒不在」という制約、多人数の受講生や施設・設備の不備という現実は無視できないものであるとしている。しかし、一方では、「教科教育法の教育法自体を教育法のモデルとすべし」という指摘(自由回答欄)があったことを報告している。よりよい講義のための環境整備や現場との接触の機会を模索すると同時に、現実の制約の範囲内での講義内容や方法の改善も検討していくことが必要である。
調査結果を受けて、本学では昭和63年度より「教科教育法(社会)」を前期内容論、後期方法論とし、複数の担当者をあててきている。これによって、「内容論と方法論の専門家による協同的教授」が成立し、「新教授法などの方法論の立場」により重点を置いた内容構成がとられることになった。この組み合わせは、新免許法の実施にともなって発展的に解消することになるが、「教科教育研究(社会)」、「教育方法」、並びに「教育実践研究」という3つの必修科目などの中で、より充実した形で受け継がれていくことになろう。
2ー2、大学における教授法改善研究
大学における教授法が研究の対象となることはこれまであまり頻繁であったとはいえない。喜多村(1982)によれば、日本の大学でこれまでにカリキュラム論とか教授法といったことが余り問題にされなかった理由として、「古典的な大学観」が今日の大衆高等教育の時代にもなお踏襲されていることを挙げている。「教育」の場を卒業して「学問」の場に入学した大学生は、自ら学ぶ主体性と意欲を有しており、「大学教師は自己の学問の成果をそのまま提示すれば、学生はおのずから自学自習し、自分の身につけていくものだ、というタテマエ(p.15)」に則って大学の教授法の原則が構成されている。一方で、現実の学校生活では受験のための訓練は十分でも、「自発的に問題を見出し、主体的に学ぶという習慣や態度は必ずしも身につけているわけではな(p.17)」く、「受動的な教育から能動的な学習へと移行する(p.18)」ための飛躍への助力が切実に求められていると指摘している。日本科学者会議教育問題委員会が1981年に実施した「大学における教育実践についてのアンケート」によると、大学教員が受講学生の能力について困ることの上位に挙げたのは「問題意識」40%、「学習意欲」33%、「抽象的思考」19%であり、「困らない」の18%をしのいでいる(複数回答による、原・浅野、1983 p147)。この結果は、喜多村の指摘する「飛躍への助力」の必要性を裏付けているとみることができよう。
大学における教授法改善のために、喜多村(1982)は次の4点を提言している。
- 教育の方法になんらの配慮も払う必要がないといった発想を転換する。
- 教育の対象である学生の学習過程の実態についての理解を深める。
- 実施した教授法の効果を何らかの形で客観的に評価することを試みる。
- カリキュラムの編成や改革にたいして積極的に参加する。
受講生アンケートによって講義を改善しようとする最近の研究に、岩佐(1990)のものがある。調査方法としては、最終講義の際に、それまでの講義を振り返って講義の印象、満足度、改善点等を答えてもらうアンケート調査法がとられている。これは、調査対象が年齢的にみても調査の主旨を理解し、また自らの経験を対象化し得るという前提に立っていると見ることができる。問題点としては、米国にみられるような大学当局による組織的な調査の場合と異なり、教員が個人の関心において自らの講義の評価を求める場合、調査の結果が肯定的な意見に片寄る傾向が報告されている。しかし、岩佐の報告にもあるように、全般的な評価は肯定的バイアスを含むものであったとしても、自分の実践の弱点を項目間の相対的な得点比較によって知ることができるのは確かなようである。教授法を改善するという意味においては、むしろこの弱点発見のための資料が有益である。
これまでの教授法改善のための調査は、受講生の講義に対する印象を調査することに留まっており、講義が当初の目的をどの程度達成したのか、あるいはその度合いによって講義に対する印象がどの程度変化し得たのかを解明するに至っていないものが多い。講義に対する好印象が何に基づいているのかという点では、必ずしも講義内容の充実度やその内容を教授するために工夫されたものとしての教授方法に起因するとは限らない。むしろ、より外在的な要因(例えば単位習得の安易さや講義内容と関係の乏しい話題)などに左右されていないとは言い難い。印象のみによる講義評価は、ややもすると表面的なものに終始する危険性をはらんでいると思われる。講義目的がどの程度達成されたのかをまず把握し、その上で講義についての学生の意見を補完的に聴取し、講義の改善に資するための方法を確立することが求められているのではないか。
授業で用いる教材や指導案の設計、開発、評価をシステム的に行なうための技法を模索する「授業設計」の領域では、これまでにプログラム学習教材、放送番組、コンピュータ利用教材、教科書、一斉授業の指導案など様々な形態の指導計画や教材を改善する手法が「形成的評価」の研究としてすすめられてきている(鈴木、1987)。例えば、高校数学の直線と円についてのコンピュータ利用教材を自作するにあたって、井口、鈴木(1989)は、教材を授業に使う前に、上級生や大学生、コンピュータクラブの生徒などに協力を求め、3回にわたって形成的評価を実施し、教材の改善を試みた。形成的評価の中心となるのは、開発中の教材を、その利用対象者に試験的に学習させ、その結果を受けて教材設計の妥当性や適切性を実証的に吟味し、教材の完成前に改善のためのデータを収集しようとすることにある。大学の講義においては改善のためのデータは次年度に生かすために収集されることになるが、ある意図をもって計画した講義が実際にどの程度の効果があったかを評価し、改善のためのデータを収集するという点で参考になることが多い。形成的評価でもっとも重要視されるデータは、「楽しかったかどうか」などの教材使用者の印象ではなく、教材の目標に関しての教材使用前と使用後の知識・技能の変化を示唆するものである。
2ー3、講義目的達成度の調査法
教授目的の達成度を評価するために適した手段の決定を左右する要因を研究し、教授目的の性質に対応した評価方法の体系化を試みたものにブルームらの教授目標の分類学(Bloom、1956)ならびにガニェの学習成果の5つのカテゴリー(持留訳、1986)が知られている。日本においても、ブルームらの認知、情意、運動技能の3領域と、ガニェの提唱している認知領域での知識と知的技能の区別を取り入れたような形で、認知、情意、技能の3領域を区別して教授目的を検討する方法論が確立している(例えば坂元の内容・目標行動マトリックス)。
「教科教育法(社会)」の後期では、前期の内容論を受けて、社会科の授業を計画、実施、評価するための方法論を展開している。後期の講義全般を通して2つの「この講義から得てほしいこと」を掲げている。2つの教授目標とその性質は次の通りである。
- (ア)与えられた社会科の単元について、授業の学習指導案が作れるようになる。ただし、指導案は、読み手に意図がはっきり伝わるものであり、授業の実施を支えられるものであること。
目標の性質:「技能領域」の目標であり、講義で得た知識を獲得するのみならず、それを応用して新しい単元について自ら指導案を作成する技能の習得を目指している。従って、講義では、指導案作成の手順や参考になる文献などを例示すると共に、明確な指導案のためのガイドラインを示した。この技能の習得度を評価するためには、新しい単元の中で指導案を自作するレポートを課すことが最も直接的な方法となるが、実施制約上から、間接的な方法として、未知の指導案を提示してその長所短所を指摘させ、長所にはその理由を、短所にはその改善案を付記させる筆記試験を採択した(初年度のみ)。
- (イ)社会科の授業を計画し、実施するにあたって参考になる考え方、モデル、技法等についてレパートリーを増やし、教壇に立つ自信をつける。
目標の性質:自信という「情意領域」の目標を達成するために、自信を裏付ける知識という「認知領域」の目標を扱うものである。従って、講義では、授業を準備する上でその自信の裏付けになると期待される情報(例えば授業の流れを作るモデル、学習意欲の捉え方についてのモデル、教授メディアの活用法、ベテラン教師のノウハウ等)を提供し、指導案批評や自作の任意課題に役立てるよう示唆した。評価方法については、社会科の各分野や教科を教える自信、教師になる自信については事前事後調査比較法(注1)、自信を支えるために提供された情報については事後調査記述法(注2)により、アンケート調査を実施することとした。
2ー4、研究仮説
研究の第1目的:講義の目標達成状況を調べる手段として調査は有効か
(1) アンケート調査と定期試験を組み合わせることによって、講義の目標達成度を調べることができる。
研究の第2目的:教授内容及び方法の改善に調査が役だったか
(2) 1年目の調査の結果として2年目の講義改善の視点が得られる。
(3) 改善の結果として、1年目に比較して2年目の調査により肯定的な結果を得ることができる。
3、研究方法
3ー1、研究対象
今回の研究の対象となったのは、1988年度と1989年度に「教科教育法(社会科)」を受講した学生で、登録者総数は88年度349名、89年度299名の合計648名である。学年は科目配当学年の3年次がほとんどであり、実習終了後の4年生及び聴講生もわずかながら含まれていた(88年度9%、89年度7%)。男女比は男7〜6割女3〜4割程度であり、所属学科は当該免許の取得ができる史学科4〜5割、経済学科3〜2割、商学科1割程度、法学科2〜1割(以上昼間部)、夜間部経済学科5%程度であった。登録総数の73%にあたる473名が事前調査に、また69%にあたる447名が事後調査に回答し、今回の分析対象となった。
3ー2、調査方法
(1)事前調査
後期の講義第1回目に、講義概要や評価方法の説明の後、「教科教育法(社会)」の運営に資するための調査として、「教職に関する実態調査」を実施した。事後調査との比較検討を可能にするため、調査表の提出を出席確認の手段としても用いるためとして、回答者に学籍番号の記入を求めた。同時に、個人の回答を公表することがないことと、回答の内容が成績に影響することがないことの説明を行った。
調査の内容は、社会科の各分野及び教科を教える自信、教師を志望するかどうかとその理由、どの程度教師に向いていると考えるか(以上事後調査との比較項目)や、所属や教育実習の状況などの基礎データの他にも、中学高校での社会科の被授業体験(典型的な教授法11種の頻度)とその印象(形容詞対の二者択一8項目)、あるいはリーダーシップ経験や教授経験、自分の性格について(形容詞対の二者択一8項目)等の項目を含んでいた。
(2)事後調査
後期の講義最終回に、講義時間の最後の15分程度を使って、「次年度の教科教育法(社会)に役立てるため」として、「教科教育法(社会)に関する調査」を行った。前回の調査と比較するためにと明記して、学籍番号の記入を求めた。同時に、個人の回答が公表されることはないことと、回答によって講義の点数に影響することはないことを確認した。
調査の内容は、事前調査との比較項目や基礎データの他に、講義に対する印象(5段階のSD法9項目)、受講中の行動と感想(5段階の同意度14項目)、13の講義内容の主観的記憶度と有用性についての項目を含んだものであった。さらに、「来年の講義をよりよくするために参考にしたいので、できるだけ具体的に」講義内容や方法についての意見を求めた(自由記述法)。
(3)定期試験
定期試験は、事後調査終了の2週間程度後の学年末試験期間中に所定の時間帯に行った(ただし、二部については最終講義時間)。試験の条件は持ち込み可で、後期の講義初日に配布した概要の中に試験問題、条件、評価方法を通知した通りに実施した。
初年度の試験は、教育実習生が書いた中学地理、歴史、公民の各分野から1つずつの学習指導案を試験当日に配布し、その中から任意に選択した1つの指導案の長所短所を2つずつ指摘し、長所にはその理由付け、短所には改善案を付記させた。事前の教材研究を可能にするため、各分野のどの単元から指導案を出題するかを試験2週間前に通知した。
2年目の試験は、講義から学んだ事柄の中から最も収穫だと思うことを1つだけ選択し、その事項の説明と選択の理由を問う記述式のものであった。定期試験を受けることは単位取得に必須であるものの、講義の点数は講義への出席と任意課題の提出によってより左右されることとし、定期試験を相対的に軽視した形をとった。
3ー3、調査結果
(1)受講生の実態(事前調査集計)
後期の講義開始時において受講生の実態を調査した結果、中学高校での社会科体験は教科書中心の講義型の授業で、黒板をノートに写す作業に象徴されるものであり(表1)、社会科の授業の印象は、受身的であったこと(表2)がその特徴として浮かび上がってきた。また、受講生のほとんど(95%)は何らかのリーダーやまとめ役の経験をしている一方で(表3)、子供を教えた経験には乏しい者が多い(表4)ことがわかった。
(2)事前事後調査比較
社会科の各科目、分野を教える自信については、全然自信なし(1)から非常に自信あり(5)の5段階の自己評価の変化をまとめると表5のようになる。両年度を通じて、講義開始時から講義終了時までの間の教える自信の平均の差について、統計的に有意な差が見られた(88年度t (171)=6.96,p <0.001;89年度t (172)=6.64,p <0.001,いづれも平均値の差の差の検定による)。これは、事前事後の平均がいずれも2点台で推移していることから、教える自信が「ちょっとしかない」状態から「まあまあ」の状態に幾分近づいた程度のものととらえることができる。自分は教師にどのくらい向いているかという項目には、事前事後調査間に顕著な差は見られなかった(表6)。
(3)講義について(事後調査集計)
後期の講義最終回に行なった調査では、事前事後の比較項目のほかに講義の印象などを尋ねた。表7に見られるように、講義の印象は全般的に見て肯定的なものであり、講義が興味がもてるもので、ためになり、関連性のあるわかりやすいものとの印象を表明した者が多かった。初年度と2年目の印象を比較すると、ほとんど変化が見られなかった。「講義」の限界を反映してか、「活動的か受身的か」「詰め込み的かゆとりがあるか」「抽象的か具体的か」という点に他の項目に比較してより否定的な結果となった。 もっとも否定的な「活動的か受身的か」という項目の平均得点は初年度に3.0であり、「活動的」と「受身的」という印象が同程度見られたことを意味している。2年目にもこの項目が最下位であったことには変化がなかったが、平均得点が3.3にやや上がっており、「活動的」という印象が「受身的」という印象をやや上回っていたことを意味している。これは、「受身的」との印象を少しでも改善するために、2年目により積極的に任意課題に取り組ませる条件を整備した成果と見ることもできる。2年目には、受講生の約58%が指導案の作成についての任意課題の1つ以上に取り組んでおり、課題への取り組み方と講義を「活動的」とする印象との間には統計的に有意な正の相関関係が認められた(r(213)=0.19,p<0.01)。つまり、より積極的に課題に取り組んだ者(課題提出の数の多い者)ほど講義がより「積極的」であったの印象を持った度合いが強かった。
講義で扱った事柄13について、覚えているかどうか、役に立ちそうだと思うかどうかについて尋ねたところ、表8のような結果になった。全体的に見て、より実践的なノウハウ(例えばOHPの使い方、授業を準備する手順、現場教師による実践のヒント)の印象度、有用度が高く、それを支えることが期待されるようなより理論的な内容の印象が薄いという傾向が見られた。
平均で見ると、回答者の約6割が講義内容を覚えていると答え、約半数がその内容を役に立つと思うと答えている。つまり、覚えているけれども役に立つとは思わない者が約1割いたことを意味している。88年度と89年度を比較すると、全体的には印象度にも有用度にも際だった変化は見られなかった。 事後調査の最後の項目は、「この講義のやり方や取り上げた内容について、(中略)印象に残ったこと、変えた方がよいと思うこと、続けた方がよいと思うこと、取り上げて欲しかったことなど」を「来年の講義をよりよくするために自由に書いて」もらうものであった。初年度は回答者の99%から、また2年目は95%から何らかのコメントがよせられた。この自由記述式のコメントからは、とくに講義の実施方法について多くの示唆を得ることができた(次項参照)。
(4)初年度の改善点とその効果
事後調査のコメントを整理した結果、初年度に15名以上の受講生が「よかった」または「続けるべき」と指摘した項目は表9のようなものがあった。 質問票については、初年度ということもあり、受講生の反応や要望を聴取するための手段として毎回の講義終了前に10分間ほどで書かせたもので、これを続けるべきとのコメントが多数あった。説明の不十分な箇所や講義方法の点検に役に立ったが、それ以上に、受講生にとっては講義者とのパイプをつなぐ手段として、また自らの聴講意欲を高める手段として有効であったようである。「なるべく長い答えが返ってくるように頑張った」「聞き流しているだけでなく自分自身の反省の材料となった」などのコメントにその効果が代表される。
一方で、講義方法についての様々な提案も得ることができた。指導案の作成についての提案が多く、「書き方をもっと詳しく」、「いろいろな指導案の批評を」、「もっと早い時期に」取り上げて欲しいという要望が合計13名からよせられた。5名の受講生からは、「プリントが多すぎた」との指摘を受けた。「配付するプリントに番号をつけて欲しい」、「テキストとして買わせてもよいものも多いのでは」との提案もあった。また、少数ではあるが「1回目に半期のスケジュールや目標、テスト方法などの概要が配付されたこと」(4名)や「真面目に出席しても合格点がとれないとすれば講師側にも責任があるという考えの表明」(2名)を支持する意見もあった。
指導案の添削指導を行なう旨知らせてあったにもかかわらず、「指導案づくりをしたかった」という声が多数あった。24名が、「冬休みの課題としてでも」「講義の中で」「強制的に皆に」書かせるべきだとの提案を述べていた。出席についても質問票の提出を義務づけていなかったが、「出席をとるべき」との提案が6名からあった。「出席を義務づけないとついついさぼってしまうので、後輩には出席をとってしっかり聞かせてやって欲しい」という意見に代表されるように、強制されることのみをやるという傾向が見受けられた。指導案の添削指導には(本当にやりたい者のみを対象にするという意味で)加点しないと表明したところ、1名の申し出があったに留まった。
以上の調査結果を受けて、2年目は次のように講義方法を変更した。(1)8割以上の出席(質問票の提出)を義務づけた。(2)任意課題を4つ設け、それぞれ5点から10点の加点を行なう旨伝えた。(3)初年度に配付したプリントの中からテキストを2冊指定し、その分のプリント量を減らした。(4)課題への加点で期末試験の比重を軽減し、試験問題を変更した。
講義方法を変更した2年目の事後調査では、初年度に多くの受講生から「よかった点」、「続けて欲しい点」として指摘された点が自由記述欄に認められたが、表9に示すような数の変化があった。そのほかの意見としては、「指導案の課題」(7名)、「課題が評価、返却されたこと」(8名)、「出席すれば単位がもらえる点」(4名)、「やればそれに応えてくれる点」(4名)が比較的多くよかった点として指摘された。 他方、2年目の「変えて欲しい点」では、提出を義務づけた質問票や任意課題の指導案づくりについてが多く指摘を受けた。質問票に関しては、「毎回書くのはつらい」、「もっとゆっくり書きたい」、「質問票のことを次の時間にもっと取り上げて欲しい」、「フィードバックが表面的」といった意見がみられ(合計17名)、「義務づけられたものへの反応」と思われるものが多かった。課題に関しては、「課題2の提出前に課題1へのコメントを返却して欲しかった」(3名)ことや、予定していたにもかかわらずやらなかった「指導案自作の最終課題に期待していた」(3名)との指摘を受けた。
4、考察
本研究の目的は2つあった。その第1は、講義の目標達成状況を調べる手段として調査は有効かどうかを確かめることであった。2つの講義目的のうち(ア)の指導案作成の技能については、直接的にその達成状況を把握することが困難であったため、間接的な調査を初年度の筆記試験で試みたが、試験で目標達成の状況を把握することはできなかった。2年目には、指導案作成の任意課題を充実させたが、提出された課題を見るかぎりにおいて、指導案作成のための手助けが不十分であることが認識できた。また、このことは、アンケートの自由記述欄において「改善を要する点」として指摘されていた。(イ)の教壇に立つ自信をつけるという目標に関しては、事前事後調査の比較によって変化をある程度確かめることができた。また、その自信の裏付けとなる情報の習得状況についても、事後調査において自己申告という形ではあるが、調べることができた。
しかしながら、調査によって得られたデータが主観的なものであることや項目の信頼性が確かめにくいこと等から、この方法によって講義の目標が達成できたかどうかを確実に知ることができるとは言い難い。むしろ、講義目標を掲げてそれを初回に受講生に明示し、調査によって「達成されたと思うかどうか」を問いかけることによって、受講生自らが講義の目的を意識して講義に臨み、目標にどの程度近づいたかを自己点検することを促す効果があったことは注目に値すると思われる。事後調査の自由記述欄にみられた次のようなコメントが自己評価の促進を物語っている:「課題のおかげで指導案の書き方が少しはわかってきた」(8名)、「実際的なことが多く、自信につながったと思う」(4名)、「指導案を書けるようになるのが目標でしたが、うまく書けるかどうか不安です」(3名)、「以前よりは自信がついたと思う」(2名)。
さらに、講義目的の達成状況を調べる調査がこの方法でよいのかどうかについても、妥当性の見地からさらに吟味が必要であろう。例えば、「自信をつける」という目標の場合、「教壇に立つ自信」とは一体何であるのか、何によってより強くその自信が支えられているのかといった点の再確認が求められるところである。教材設計の場合では、テスト問題を作ってみることによって、その教材で何を教えたいのかをより明確することができるとされている。講義の目標が達成されたかどうかをどのように調査したらよいかという問題に取り組む中で、講義で目指していることがより明確な形で自他に表明できるようになるかも知れない。
第2の研究目的は、教授内容及び方法の改善に調査が役立つかを調べることにあった。まず、初年度の調査を通じて、2年目の講義の内容や方法をどのように変更していったらよいのかについての多くの示唆を得ることができた。講義の印象についての調査では、先行研究でも指摘されていたように肯定的に片寄る傾向が見られたが、項目間の比較によって弱点を発見することが可能であった。講義事項の印象度や有用度の調査では、記憶に残っている項目の特性を同定し、提示順序についての示唆を得ることができた。とりわけ、事後調査の自由記述欄では、受講者のほぼ全員から何らかのコメントを得ることができ、何がよかったか、どこがまずかったか、どう改善すればよいのかといった点を多く学ぶことができた。自由記述欄からの収穫は、受講生が「教育方法」を意識して学んでいるという「教科教育法」という講義の特殊性もあってのことであり、「この講義の内容もさることながら、講義の方法にも目を光らせて何かを学ぶように」との方向づけに起因するところもあると考えられるので、大学の講義全体への一般化には慎重さが要求されよう。しかし、調査項目に苦慮して綿密であることよりも、「学生に聞いてみる」ことのもつ意味が少なくないと思われる。それは、自由記述欄から得た収穫が最大であったと思われることが示唆するところである。
さらに、改善に役立ったことを示すデータが得られたかどうかという点では、初年度と2年目の量的な比較では効果が顕著にあらわれなかった。初年度に比べて2年目の方が、教える自信の変化がより大きかったとか、講義の印象が全体的により肯定的になったとか、講義内容をより多くの受講生が記憶していたとかといった成果は得られなかった。ただ一つの例外としては、初年度の「受身的」という印象を受けて2年目に任意の指導案改善/作成課題に加点するなどでより積極的に課題に取り組むよう促した結果として講義の印象がより活動的と受け取られる傾向がみられたことが挙げられる。また、講義内容の印象度や有用度の調査(表8)において、個々の講義内容について、覚えている/役に立つと思う受講生の比率が変化したことが読み取れる。この点に関しては、個々の講義に対する質問票提出の有無などのデータとの関連を分析するまではこの比率の変化が示唆するところを把握することは困難であるが、少なくとも内容の配列に工夫を加えたことが講義内容の印象度や理解度に何らかの影響を与えたであろうことが推察される。
初年度の調査結果を受けて2年目に講義の内容配列や方法を変更した結果、自由記述欄のコメントに変化が見られた。テキスト採用、プリント減量を反映して、「プリントが多すぎる」という指摘は2年目にはなくなった。任意課題に役半数の受講生が取り組んだことを反映して、初年度にはなかった課題についてのコメントが2年目に多数見られた。質問票の提出義務づけを反映して、初年度には「義務づけたほうがよい」というコメントが多かったが2年目には質問票提出に関する不満が様々な形で表面化した。以上の点などが変化の例であり、これを「改善された」結果と見ることができるかどうかは別としても、何らかの「変化」が反映されていることは確かである。少なくとも、調査を実施し、それを受けて次年度の講義のやり方を再検討し、「改善」への努力をした結果が調査に「あらわれてしまう」という怖さを体験したことは確かである。調査をしたからといって必ずしも1年目より2年目の講義についての調査結果がより肯定的になるとは限らないが、試行錯誤の成果を確かめる指標としては、調査の意義を感じずにはいられない。
5、おわりに
今回の研究では、教授内容及び方法の改善に有益な資料を集める方法として、講義目的に即した実態をより的確に反映できる受講生調査のあり方、「とてもよかったです」といわせて安心するためだけに終始しないアンケートのとり方を模索した。この研究は、講義で話す「授業計画の方法」や「自己修正とフィードバック」が自己矛盾に陥らないようにするための自己防衛の結果であった。また、大学教師としての自分に課した「初任者研修」の一環であり、専門とする授業設計理論の大学教育への応用可能性を探るものでもあった。多方面からのご示唆をいただければ幸いである。
注釈
1)事前事後調査比較法
講義開始時と終了時に同じ項目の調査を行って、その変化を吟味する方法。同時期に講義を受けなかった者に同様の調査を行ういわゆる統制群をおかないので、事前事後調査間の変化を講義のみに起因させることには一定の留保が必要である。例えば、事前調査の時点に比較して事後調査の結果、「教師になりたい」という傾向がより強くなっていたとしても、「この講義によって教師になりたいという気持ちを助長することができた」と言い切ることはできない。講義以外の要因(例えば母校訪問など)によって気持ちが変化した可能性が残されているからである。
2)事後調査記述法
事前の調査による影響を防ぐため、また事前調査の結果が調査を行わなくても十分に予想され得る場合、事後調査のみを実施しその結果を検討する方法がとられる。
参考文献
Bloom, B.S.(Ed.) (1956). Taxonomy of educational objectives: The classification of educational goals. Handbook I: Cognitive Domain. McKay.
Gagne, R.M. & Briggs, L.J.(1979). Principles of instructional design (2nd Ed.). Holt, Rinehart & Winston. 【邦訳 ガニエ・ブリッグス著 持留訳(1986)『カリキュラムと授業の構成』 京都:北大路書房】
原正敏、浅野誠編(1983)『大学における教育実践 第1巻大学教師の仕事』 水曜社
岩佐玲子(1990)「教育工学関連授業に対する学生評価の分析」 『日本教育工学会第6会大会発表論文集』p.441-442
井口巌、鈴木克明(1989)「形成的評価を含むCAI教材の作成」『第15回全日本教育工学研究協議会全国大会論文集』 p.187-190
喜多村和之(1982)「日本の大学における教授と学習」『大学教授法入門ー大学教育の原理と方法ー』 玉川大学出版部 p.11-31
小金井正巳(1977)「教師教育と教育工学 その1:教師の諸能力改善に関する研究開発」『日本教育工学雑誌』第2巻4号 p.161-170
村田良一、八幡恵(1984)「大学における教科教育法(社会)の授業改善のための調査結果報告(1)」『東北学院大学教育研究所紀要』 第3号 p.1-18
村田良一、八幡恵(1985)「大学における教科教育法(社会)の授業改善のための調査結果報告(2)」『東北学院大学教育研究所紀要』 第4号 p.29ー53
鈴木克明(1987)「CAI教材の設計開発における形成的評価の技法について」『視聴覚教育研究』第17号 p.1-15