『第16回全日本教育工学研究協議会全国大会発表論文集』183 - 186 (1990)

授業設計を学ぶ道具としてのオーサリングシステムを目指して
−学習課題の分析とドリル・シェルの開発(2)−


○鈴木克明(東北学院大学教養学部)
岩本正敏・長田 敦(東北学院大学工学部)



本報告は、ドリル型CAI教材作成支援ツール群の開発についての第二次中間報告である。第一次報告では、学習意欲の分析モデルに基づいて、学習者の目先の 興味を引くことにとらわれずに、「自信」をつけ、主体的な学習につながるような道具の提供という観点から、「ドリル・シェル(情報用)」の開発に着手した ことを述べた(鈴木ら、1989)。今回は、開発中のドリル・シェルの教員養成系大学での試用に基づき、ドリル・シェル活用に必要な条件としての学習課題 の分析について考察する。


1.ドリル・シェル(情報用)は初心者に使える道具か?

 開発中のドリル・シェル(情報用)は、教育実践に携わる者が(そして学習者自身が)誰でもドリルを自作し練習することができるような道具を目 指している。ワープロが使えてMS−DOSのファイルが実行できればドリルを作成・試用できる、という仮説のもとに、教員養成系大学での形成的評価を試み た。

(1)参加者

 教員養成系大学の2年から4年で選択科目「情報科学演習」(半期1単位)を受講した学生32名に対して、単位取得のための課題の1つとしてドリル作品の 開発を課した。「演習」の対象者はコンピュータ経験が全く無くとも可となっており、登録時のアンケート調査によると、BASICでプログラムがくめるとし た者は5名、CAI学習の体験がある者が1名、CAI教材の開発経験のある者は0名であった。専門教科も国語、英語、数学、理科、技術家庭科、音楽科に及 んだ(男19名、女13名)。

(2)評価に用いた材料及び手続き

 「一太郎」を使った読書感想文の提出(課題1)の後の課題として、「MS−DOSの練習と一太郎の練習を兼ねて、ドリル型CAI教材を作ってもら う」(課題説明書)ことを知らせた。課題1を受講者それぞれが各自のペースで終了した時点で、課題の条件(2作品を期日までに提出用フロッピーにコピーす る)などを明記した課題説明書、ドリル・シェルの開発経緯やドリル作成の方法などを説明した論文(鈴木ら、1989)のコピー、ドリル・シェル本体とドリ ルの例を含むソフトウェア一式が渡された。ドリルの例には、論文で紹介された動物の英語名のドリルの他に、アジアの国名と首都名のドリルと将棋のコマの動 きを覚えるためのドリルが含まれていた。

 参加者は、各自の考える手順に従って、論文のコピーを読んだり、ドリルの例を実行したり、ファイルの中身を見たりしながら、自作するドリルの内容を検討 して「一太郎」を使ってドリルを作成した。提出する2作品のうちの一つは自分の専攻分野のドリル、もう一つはジャンルを問わないという条件で自作したドリ ルには、ドリルの内容を表すファイル名をつけ、コメント欄に作成者名を明記して、提出用のフロッピーディスクに各自コピーして提出した。

(3)評価結果及び考察

 23名がひとり2作品ずつ合計46作品を提出した。登録者32名のうち、課題1の読書感想文を提出した者は25名であり、課題1を終えてから放棄した者 2名を除く全員が課題2を提出することができた。ジャンルを問わない2つ目のドリルには、目前に控えていた教員採用試験用のドリルが多くみられ、自己の試 験勉強のためにドリル・シェルの応用を試みたことがうかがえた。

 提出された46作品のうち、11作品を次の理由で不合格・再提出とした。

  a.ドリルが全く動かないもの           1作品(1名)
  b.途中で止まってしまうもの           4作品(4名)
  c.コメントに作成者名などが記載されていないもの 5作品(3名)
  d.同じ答をもつ項目が複数あり、
    正解を選んでも正解にならない場合があるもの  1作品(1名)

 不合格作品aは、命令語の記載ミスによるものであり、自作した作品を「試しにやってみることもせずに提出した」(本人談)ことが原因であった。bの途中 で止まってしまう原因はプログラムのバグによるもので、ドリル項目に長すぎるものが含まれている場合にある条件下でのみエラーが発生する検出しづらいバグ であった。従って、自作したドリルのテストランの際にも発覚しなかった可能性もあるが、自作ドリルの試運転不足の感も拭えない。cにはドリル実行上の問題 点はないが誰が提出した作品であるかが不明のため再提出を求めたものである。不合格作品dは、ドリル・シェルが使える学習課題の範囲を逸脱した誤用である (後述)。

 この形成的評価の過程を通して、ドリル・シェル(情報用)は、コンピュータ教育の初心者にも十分に使い得る道具になるであろうことが予想できた。さらに、今後考察を要する点として次の事項が浮かび上がった。

 


2.ドリル・シェル(情報用)の誤用例



#title
次の星は、どの星の種類にあてはまりますか?
#card
太陽 : 恒星
土星 : 惑星
月 : 衛星
北極星 : 恒星
地球 : 惑星
#comment
このドリルは、理科の2分野で扱われる星に
ついての問題です。作成者は、理科教師を
目指す、B2999 匿名太郎


図1.不合格作品dのドリルの一部

 図1のドリルを実行すると、「太陽は?」という問に、選択肢に正解の「恒星」が二つ表示される場合があり、そのうち「太陽」の答の恒星は正解、北極星の 答の恒星は誤りとなってしまう。フィードバックとしては、太陽の答の恒星を選択した場合は「正解です」でよいが、北極星の答の恒星を選択した場合は「いい え、恒星は北極星です」と表示され、学習者を混乱させる。このドリルは、明らかに「使いものにならない」ドリルといえる。

しかし、ドリルのこの動きはプログラム上のバグではない。なぜなら、このドリルは互いに紛らわしい1対1対応の情報を覚えるためのものであり、正解以外の 選択肢に他の項目の正解を使うように設計されているからである。項目一つ一つの対応関係は正しいとしても、同じ答をもつ項目が複数個ある場合、このドリル の動きはおかしくなる。つまり、多対1の対応関係をもつ項目群にはこのドリル・シェルは使えない。


#title
次の計算をしなさい。
#card
47+57=:104
55+59=:114
28+66=:94
79+26=:107
89+28=:117
41+56=:97
88+39=:127
#comment
 drill and1 を、自分でやってみたところ、1の位の数で答えがわかってしまい、超つまらないものになってしまったので、7問の問題の1の位を2種類にしてやってみると、非常に難しくなりました。しかし、数学的論理思考を養うには向いていないように思えます。
B2888 匿名徳雄


図2.ドリルファイル「and2」の一部

 図2の計算ドリルは、問題なく動くので誤用とは言い難いが、ドリル・シェル(情報用)を計算技能に利用したものである。問題がランダムに選択されて出題 され(例えば41+63)、計算した後、多肢選択式(例えば94、97、104、127)で回答することになる。この際、正解以外の選択肢が他の問題の答 から無作為に表示されるため、作成者がコメントしているように、「互いに紛らわしい」答をもつ問題を用意しないと1の位だけで正解が推察できてしまう。こ れでは、この計算ドリルで練習すべき繰り上がりの技能を用いることなく正解にたどり着いてしまう可能性がある。また、繰り上がりのミスとそれ以外の計算ミ スを識別し、相応のフィードバックを与えることができないので、効果的な練習環境とはいえない。

 かけ算の九九のように「覚える練習」の場合はこのドリル・シェルを利用できるかも知れない(同じ答がないように9の段だけにするなどが必要)。しかし、 この場合、41+63などの計算の答を覚えるのではなく、繰り上がりを「使う練習」を意図しているとすれば、授業設計モデルの立場からは、やはりこのドリ ルはドリル・シェル(情報用)の誤用と言わざるを得ないのである。先の評価で提出されたドリルをこの観点から吟味し直すと、46作品中上記の2例を含む3 作品が授業設計上の誤用と判断された。

3.道具の使い分けとドリル・シェルの今後


 CAI教材の開発にあたり、学習目標を明確化して教材の効果検証に役立てることは、効果検証がどの程度実際に行われているかどうかは別にして、広く理解 されているといえる。しかし、CAI教材作成のためにこれまで提供されてきた道具が「どのような教材を作るためにも使える」汎用性の高いものであったため か、学習目標の吟味が、その性質に応じた学習環境の提供に直接つながるという点については十分に浸透しているとは思えない。

たとえて言うならば、白紙のキャンバスを与えておいて、「絵の具の溶き方は簡単になりましたから(あるいは、3原色あればその組み合わせでなんでもかけま すから)、先生方の自由な発想でどうぞお使いください。どんな絵でもかけるキャンバスです。」といった状況である。絵を完成させるためのステップやそれぞ れのステップでの注意事項は示されるが、どんな絵を描くかについては、画家である教材作成者の芸術的センスに委ねられている。ふだん舞台に立って演技して いる役者に対して、「あなたは芸術家なのだからそのセンスで絵をかけばよいのですよ」といわんばかりである。

 ドリル・シェルの第1弾が「情報用」と明記してあるのは、「ものを覚えることにしか使えない道具です」という宣言であり、汎用性のきわめて低い道具だと いうことである。ドリル・シェル群の目指す方向は、汎用性を高めることではなく、目的を特定化した上で使いやすく強力な道具に磨きあげていくことにあると 考えている。

学習目標をその性質に応じて分類することは重要であると言う替わりに、「この道具が使えるかどうかを吟味すれば、課題の性質が判明します」という提案をし ているのである。また同時に、実際にドリルを自作して動かしてみることで、学習目標の分類についての理解を深めることも可能であろう。その意味では、授業 設計の基礎技能の一つを習得するための道具ととらえることもできるのではないだろうか。

 今後は、「情報用」では効果的な練習ができない学習課題のためのドリル・シェルを第2弾、3弾として提供していく必要がある。つまり、「情報用が使える か否かを吟味する」のではなく、「どの道具を使うのが効果的かを吟味してください」という「使い分け」の提案ができるようにならなくてはなるまい。一単位 時間の授業の流れの中でも、ドリル型CAIが用いられる練習とフィードバックの部分を効果的に支援するためには、学習課題の性格の差異を特に考慮しなけれ ばならないといわれている。目的を特定化した道具のレパートリーを増やし、それぞれの道具を磨こうとすることは、とりもなおさず授業設計モデルの前提と なっている学習課題の分類を吟味することであり、その有用性を実証することに他ならない。


(参考文献)

鈴木・岩本・屋代(1989)「ものめずらしさ」を超えたCAI教材−学習意欲の分析とドリル・シェルの開発(1)− 第15回全日本教育工学研究協議会全国大会論文集 ー
鈴木・岩本・屋代(1990)CAI教材の共有化への試み 第6回日本教育工学会年次大会発表論文集
沼野・平沢編著(1989)『教育の方法・技術』学文社、p.39ー42