『日本教育工学会第6回大会発表論文集』53 - 54 (1990)

CAI教材の共有化への試み


鈴木克明・岩本正敏・屋代成夫
東北学院大学


1、はじめに

教育実践に携わる者によるCAI教材の自作の効用が叫ばれる中、いわゆるプログラミング言語を修得しないで教材を開発するためのツールとしてCAI教材作 成支援システム(オーサリングシステム)の開発研究がすすめられている。一方でマルチメディア対応などの多機能化やマウス操作による画面編集等のユーザイ ンタフェイスの改善が進み、他方で互換性・移植性への対応に研究が集約されてきている。

仙台市教育委員会からの委託を受け、仙台市立第一中学校と東北学院大学工学部とが共同で開発をすすめてきたオーサリングシステム「CAT」も、教師による CAI教材の自作を支援するためのものであった(岩本ら、1989)。ワープロによる教材データ入力、複数のエグゼキュータの開発による教材データの異機 種間での共有、人工合成音声やアニメーションの別ファイルでの子プロセス処理等の特徴を持ち、独自に開発されたものであるが、他のより大規模に開発された オーサリングシステムと同じような系譜を辿ってきている。

以下に、「CAT」開発の経験を踏まえて、CAI教材の開発を支援するための道具だてについて、ソフトウエア工学と授業設計理論の立場から検討を試みる。

2、ソフトウエア工学からみた条件

ハードウエアの統一や異機種への完全互換よりは、ソフトウエアのモジュール化と機種依存部分の差し替え・実行時構築が現実的である。入出力部分と実行制御部分を独立させ、使用機種(大型からパソコンレベルまで)に応じた入出力部を機種ごとに用意する。

これまでに開発されたオーサリングシステムの特徴を一言で表現すれば、「汎用オーサリングシステム」である。一つの道具でドリルもチュートリアルもシミュ レーションもという具合にあらゆる教材開発に対応できるものを目指せば、それぞれの機能が限定されるか、扱いが煩雑化する。

汎用な多機能ツールから、軽量小型の特定目的用ツール群への脱皮を計る。一時間分の教材を一つのツールを使って作ろうとせずに、複数のツールを使って作っ た複数の部品教材をつなぎ合わせて一時間分の教材にすることを基本とする。部品教材は部品の単位で単独実行ができ、部品相互に副作用を起こさないようにす る。部品単位であれば、デバッグも容易になるなど教材開発に必要な労力も小さいし、他人の作った部品を「共有化」することも促進できる。「共有化」が進め ば教材あたりに費やす労力が大きくてもペイできるという議論もあるが、「使う人」と「作る人」の二極化を避けるためにも「作る人」を増やすための気軽な道 具を目指す。教師主導型の日常の授業形態を再考するという意味でも、「中学生に使える道具」が一つの目安になるのではないか。

用途を特定した部品にはテンプレートを用意し、ヘルプ機能やセルフテストを強化する。ソフトウエア工学の世界でこれからは事例またはテンプレートによるプ ログラミングが主流になると言われているが、オーサリングシステムを構成するツール群もテンプレートを提供しなくてはなるまい。「何でもできますからご自 由にどうぞ」式の汎用システムを使いこなすための技能を利用者に求めるよりもむしろ、テンプレートに定型化されたものを組み合わせることで教材が作れる環 境を用意する。

3、授業設計理論からみた条件

これまでのオーサリングシステムは、「白紙からのスタート」を要求してきた。ユーザインタフェイスがいかに向上しようとも、またコマンドがいかに整理され たとしても、「どうぞご自由にお使いください」という姿勢が体勢を占めている。教師は学習指導の専門家として、教材の組み立てから画面構成までを、自分の 教室での一斉指導の経験をもとにして「創造的に」開発してきた。その結果として、個性の強い教材が開発され、共有化を阻害しているのではないか。

CAI教材を学習目標の達成という観点から「効果的」にするためには、テンプレートに授業設計理論が生かされていることが求められる。学習指導の効果・効 率・魅力を高めるための因子をなるべく一般化可能な形にモデル化するための研究成果が授業設計理論としてまとめられつつある(鈴木、1989)。そこで は、CAI教材を使う目的を単に「xxを教えるため」ととらえずに、「xxを学ぶためのどのステージを支援するのか」を吟味し、相応の外的条件を整えてい こうとしている。

学習のための情報処理過程の各ステージに応じるための特定目的化されたテンプレートを用意し、その組み合わせ方を提案する。学習課題や学習者、学習環境の 特質に応じた指導をどのように実現するかという点も、テンプレートの選択と組み合わせと使用環境で議論していく(例えば、最適なテンプレートを選択するこ とで学習課題の分類を意識的に行う等)。授業設計理論に基づくテンプレートの提供によって、システム的な教材開発の手順のみならず、効果的な教授事象の組 み立て方をツール群利用者が体得できるようなシステムが求められている。

4、CAI教材作成ツール群の構想

図に示すように、ツール群は3つに大別されたツール群とそれをコントロールする管理部とI/O制御部から成る。管理部はその初期においてはツール群を連結するバッチファイル的な役割を持ち、将来的には学習者モデルや教授方略に関する知識ベースとの連結に備える。

ツール群の第1は主に情報提示(プレゼンテーション型とチュートリアル型に対応)のための道具とし、「CAT」を含む従来型のオーサリングシステムの機能 縮小版をこれに充てる。教師主導の情報提示にもメニュー機能や問いの埋め込みが有効であることを提案するため、問題提示の機能などの活用を促す。10画面 程度の短編教材を基本として、それ以上の複雑な分岐などの制御は、制御部を介して行うように整理する。

ツール群の第2は練習(ドリル型に対応)のための道具とし、学習課題の性質に応じたドリル制御のメカニズムを備える。練習用ツール群には、学習課題の特性 に応じて、言語情報の学習、弁別学習、概念学習、ルール学習等のためにドリルテンプレートをそれぞれ用意する。効果的で魅力が長続きするCAI教材の提供 に向けて、練習の方略に授業設計理論の成果を生かしていく。

ツール群の第3は、情報検索および構築(問い合わせ型、データベース型に対応)のための道具とし、ハイパーカード的な学習者主導の環境とする。学習者や学習課題の性質に応じて第1群の「CAT」との使い分け、情報提示における教師主導と学習者主導の違いを提案する。

5、初期開発の経緯

開発中のCAI教材作成ツール群の基盤となる「CAT」は、1987年にその使用が開始されて、現在にいたっている。今回の開発では、現場教師の要求に答 えて付加してきた「CAT」の機能を整理して、情報提示用のツールとして位置づけた。「CAT」やその他のツールを制御する管理部のプロトタイプを、機種 依存部分には緩衝部を設けて移植性を保持した形で、PC9801用に開発した。

練習用ツールの第1弾として、学習中の誤りに応じて項目を次に提示する順序を変更するメカニズムを備えた言語情報学習のための「項目間隔変動型ドリル」の テンプレートを開発した(鈴木ら、1989)。このツールは管理部の開発とは平行して開発され、管理部なしでも単独での実行が可能である。

6、おわりに

これからのオーサリングシステムでは、システム工学の研究所産を生かして、モジュール化や構造化、テンプレートの供給やオブジェクト指向が検討されるであ ろう。そこで問題となるのは、「何をどのように構造化するのかという視座」であり、その点で授業設計理論が参考になろう。同時に、授業設計理論が机上の空 論とならないためにも、理論を具現化したツールの開発が必要である。

共有するのはツール群そのものであり、教材はツール活用のサンプルである。究極のCAI教材自作者は学習者自身である。この2点を念頭に、授業設計理論の共有を目指して、今後もツール群の開発を試みていきたい。

(参考文献)

岩本,岡嶋,井口(1989)「CAI教育支援システムCAT」第15回全日本教育工学研究協議会全国大会発表論文集p.55-58

鈴木克明(1989)「米国における授業設計モデル研究の動向」『日本教育工学雑誌』13(1), 1-14

鈴木,岩本,屋代(1989)「ものめずらしさを超えたCAI教材-学習意欲の分析とドリル・シェルの開発(1)-」第15回全日本教育工学研究協議会全国大会発表論文集p.183-86